風のこたろう

'05年4月6日~'07年4月7日 ウランバートル生活日記
'09年8月~  詩吟三昧の徒然日記

手書きの関吟ニュース

2018年04月30日 | 詩吟
KANGIN TOKYO NEWS手元にある最古のものが出てきました。
1990,3,17 「関吟東京詩吟の会たより」です。

季節もよくなって、窓を開け放つことができるので、たまった家の片づけには、もってこいです。

見つけたかったものは、今のところ、見つからないのですが、思いがけず、手書きのニュースが見つかりました。

始まりは、これだったんですねぇ。

私が持っている最古のニュースになりますが、これより古いのは、有るのでしょうか。






これを作りながら、今の形のKANGIN TOKYO NEWSは、野田会長の頭の中に、すでにあったんだろうなぁ。

28年前のことでした。









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ふかーい息

2018年04月27日 | 体を整える
今日感じた深ーい息を、どうやったら、伝えられるだろうか。

「息を深く吸いこんで」と、言い続けてきたけど、今日の感覚を得るには、息を深くするという意識だけでは、ダメなんだねぇ。


あの息が、出来れば、吟詠をするからだとしての楽器が、どのような音を奏でられるのか、想像するだけで、ワクワクする。
あのまま、カラオケに行って詩吟をしたら、体が、≪飛翔≫するはず。と、思えた。


そして、一つのパーツが完成したとしても、それにつながるバーツが付いてこなければ、それは、かえって傲慢なものになる。
それこそ、やったつもりになって、振り返らなかっただろう。


そして、伝わる言葉を上手に使わねば、いくら言葉を多くしても、邪魔になる。




今日の1時間余りの、山田先生との時間で、思いの丈を聞いてもらった上に、多くの気づきがありました。

そう言えば先生も、何か面白いことを、参考になることを私との会話の中から、拾ってくださったようで喜んでいただきました。

おかげ様で、心も体も、かるーくなっています。いつもありがとうございます。



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深い息が入る

2018年04月27日 | 体を整える
 膝の痛みが、両足におよび、痛みの場所が
 変わってきたことが、今日の大きなテーマ
 でした。

 
暖かくなったから、軽減されるかとの思いは、
違っていたけれど、痛みの位置が変わるということは、症状が変わってきた、つまりよくなってきたことだと、山田先生はおっしゃいます。

そのための体操は、やはり、今まで続けている体操で、良いということでした。
足の後ろ側を延ばし、関節の間に隙間を入れるように、伸ばし、踵を曲げて伸ばすという簡単な体操です。
適切な角度であることがひつようなので、ピンャCントで、効果が上がります。ですから、まじめに欠かさずということより、そのピンャCントを上手に探せることが大事です。

そして、今日は、左が重い感じがすると伝えたら、別の手の動きを教えていただきました。
するとあら不思議、左の方が右より軽く感じ、深く息が入るようになりました。

今までの深い息と思っていたのよりもはるかに深い感じです。
頑張って、深くするのではなく、自然に気が付いたら、ふかーいところに届いているという感覚です。

滞っているところを柔軟にするだけで、これほどの効果があるなんて、驚きです。

だったら初めから、この施術をすればよかったのに、と、以前の私であれば言っただろうねぇ。

自分の体の動きを知り、適切に伝えることができることも重要です。


そして、これにより、肩の巻き込みも軽減されました。


此のところ立ち姿は、良くなって来ているという実感が自分にもあります。
何よりも、気持ちが良いこと、そして、写真に撮られた姿が、10年まえよりも、まっすぐという事実です。

ところが、椅子に座っている写真を見たとき、あまりの猫背に愕然としました。
この写真を撮ったときは、せっかく得た良い姿勢だからと、残ってしまう写真だから、思いっきり背を延ばし、姿勢正しく座ったつもりでしたから、がっかりです。

どんなに、背骨をまっすぐにしても、まだ治っていない肩の巻き込みがあると、ダメなんですねぇ。

それから、今まで、痛みのある膝にばかり集中していましたが、肩の巻き込みにも、注目するようになりました。
先生からは、肩について、指摘があったことを覚えていますが、痛みに気をとられて、肩には、それほど注目していなかったということですねぇ。

自分自身に、問題ありという意識がない限り、いくら先生が指摘しても、聞く耳が整っていなかったということで、それが積極的な身体改良につながっていなかったということです。


今日の先生の操法の後、もう二時間以上経っていますが、左の違和感がどんどんなくなっていき、左の首筋から、鼻の詰まりが抜けてきて、頭まで、軽くなって来ています。

年齢とともに、至るところに凝り固まりができているから、それが、全体としてバランスが取れているので、名前の付く病気にはならなくても、不調として、いろんな悪さをされているわけです。


  この爽快感、鼻の抜け感、何て気持ちが
  良いのだろう。
  清々しい青葉の季節の感動を、いち早く
  感じた気がする。







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お叱り

2018年04月26日 | 詩吟
『教室をお休みするなんて、とんでもない。
指導者たる者、這ってでも、行くんですよ!!!』

と、厳しくお叱りを受けました。

そのような言葉を頂ける私は、まだまだ、可能性が有り、あきらめられていないと、心から思います。

いつも叱るばかりで、そんな資格あり?と疑問に思いながら、言葉が先に出ているわけで。

叱られるにしても、これだけ清々しい思いになるような、叱り方をしたいものだと、思った次第。

持っているものが違っているから、スパーンとはじけるように、受け止められる叱り方ができるのだと思いました。


そのことを、心に思いながら、今日の青葉の練習でしたが、どうも、グチグチと文句をならべてしまったなぁと思うことがありました。

つまんない私だこと。

吟詠の練習は、かなり、ハードでしたが、良くついてきてくれたと思います。

しかし、それ以外のことで、どうやら、かなりウエットな指摘をしてしまったと、大反省。

「詩吟のことだけやっていればよい!」と言う夫の言葉が頭をよぎり、あぁ、また、やってしまったと思う。

あなたのためと言いながら、結局は、私のためなのかと思いがめぐる。

「詩吟だけに徹しよう」と、心に決めるのだけれど、気が付いたら、言葉が出てしまって。

どんな良いと思われる言葉を繰り出したとしても、今の私が言うべきではないことを言ってしまったら、失言であって、口から出てしまった失言は取り戻しようもない。

叱るの名を借りた、怒りだったのかも知れない。また、被害者を作ってしまった。

手入れの行き届いた薔薇 ここを通るといつもほっとする

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お休みした結果

2018年04月25日 | 詩吟
前回の松風は、4人の方たちが、出席して、幹事さんを中心に、1時間半に及ぶ合吟練習をしてくださったそうです。


男性3人と久しぶりに出席した女性1人でした。
女性は、うまい具合に声の低い人だったので、合吟もあまり苦労なくできたのではないかと思います。

今日練習して驚いたことは、高い音が取れにくかった方が、とても安定して、声を出していることです。

この、声の出し具合は、前回の1時間半に及ぶ、合吟の成果とみるべきでしょうねぇ。
聞くところによると、幹事のOさんは、結構厳しくご指導くださったとか。

松風の会員さんが、思わぬところで、力を矯めていたということなんですねぇ。

いつも言っている、男性同士、女性同士、声の高さの近い人同士で、合吟を長く続けることの効果を、証明したということなのでしょう。


お休みさせていただいたことは、本当に申し訳なかったのですが、そのことで、隠れていたいろんな良いことが表出いたしました。

おかげ様としか言いようがありません。


そして、今日は、せっかく高い音程をつかんできていることだし、七に音が飛ぶ「七山」を詳しく説明し練習しました。
七の音がどうしても、低めに出てしまうことが、すべての元凶なのです。
  三から七へと飛んだ「七」の音程をしっかり掴みましょう。
  七の音程が低いと、大山が、大山になりません。
  大山の音階の「七、六、五」は、正確に同じリズムで刻みましょう
  五と三半の間は、音程の差があるので、間を取って伸ばし、
  声を貯めましょう
  「五」で延ばすとき、上級者は、声を押しましょう
  「三半、三」は同じリズムで刻みます。
  「三」の音は、しっかり着地して、流れない。

   (これが基本の基の大山)
  
ループの部分は、拍子で言うと「ターァン」、横への伸ばす部分と考えると、拍子や楽譜では、タイミングの取りにくいときに、有効ではないかと。。。



三、七と最初の音の組み合わせを単純に、七山と表現したら、きちんと理論的に、六山と七山を言葉で説明できる方がいらっしゃいました。

頭でわかっていても、それが、区別して吟じられない方がいるので、その理論的なことはさておき、最初の二音が「三、六」となるのを六山と称し、もう一つの最初の二音が「三、七」と出るのを七山と分かりやすく、呼んで、説明をしました。

音階譜名に準ずる呼称としての、「七山」は、音がとりにくく、正しい七山にならないので、
単純に最初に「七」の音階を正確にとるために、便宜的に七山へ組み入れた形が、今日の吟題の「天橋立」の起句に出てくる、「六里の」の三、七の音です。

感覚派と思っていた方が、きっちりと理論を頭に入れていることに驚き、意外にも感覚のほうが弱かったんだと、気が付いた次第。

合吟を続けることで、吟詠の雰囲気をやっとのことでつかんだ彼女は、そういう面を持つ人だったのねぇ。

そこが分かれば、また、新しい取り組みが始まります。

わかったつもりでいても、まだまだ、読み取っていない別の面を見せてくれて、それは、イレギュラーが起こらねば、知りえなかったことと思うと、これからの練習の組み立てを、考えるまた、別の、データを頂いたことになりました。

表向きは、教えるメ[ズを取りながら、たくさんのことを教えられていること、今日もまた、気が付きました。

皆さんありがとうございました。

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春の集い

2018年04月24日 | 詩吟
         平成30年度関吟東京芦孝会会 春の集い
22日に催された会は、上記が正式名称です。

プログラム 第一部 1、定時総会
          2、式典
             免許状授与式(平性30年1月1日付け)
          3、平成29年度のコンクール上位入賞者吟詠披露

      第二部 1、朝食 & パーティー
      
          2、懇親 & 交流会 (かくし倦蜑?ネど)

                


今回初めて、日詩協の予選、首都圏決戦を経て、全国大会へと進出できたおかげで、この吟詠披露をさせていただくへこととなりました。

コンクール上位入賞なんて初めてのことですから、これは、名誉なのかなぁとおもいつつ、どんな顔をして出ればよいのかを考えていました。
メンバーを見るとそうそうたる方たちばかりで、じわじわと実感されるものがあって、良い機会を頂いて、ほんとにありがたいことでした。


今回の会場は、会議室ですから、ハンドマイクの設備しかありません。
ハンドマイクで吟詠をするのには、もともと抵抗がありましたから,機会はありましたが、避けて通ってきました。
今日は、そういう会場設定ですから、避けようがありません。

ハンドマイクは使ったことがないので、と、マイクなしでを選択することもできましたが、それも、ちょっと生意気な気がして、初挑戦することにしました。

そして、両手にするか、片手で持つかで迷ったのですが、私の前も女性で、片手で持ち一方の手は、お腹の前というメ[ズに習いました。

そうしたら、青葉の会員さんも吟剣江東区大会準優勝だったので、私の7番前に出場でした。
彼女も、片手で持ち、もう一方の手は、マイクの下を支える形で、両手持ちでした。
それも素敵だなぁと、思いました。

彼女も、前の出番の方の持ち方を見て、マイクにするか、しないか、そして、やはり片手か両手か迷ったと言います。
「でも、やっぱり、マイクをもって、両手持ちにしました。」とのこと、それは、まだ芦孝会に所属する前の、大阪時代の先生に、両手でと習ったと言います。

その様子を見て、ある先生が、彼女の両手持ちを褒めて、「女性らしくてよかった」そして、今の指導者の私のほうを見て、「あなたが、そう、おしえたの?」と尋ねられました。

そうか、偶々私がそばにいたからか、私の教室の会員だからか。
外から見たら、指導者として、すべてのことを教えていると、思われる訳なんですねぇ。

今回は、誉められることだったけれど、その逆もまた然りと、思っていたほうが良いのだろう。

指導者になるということは、そう言うことなのだ。

あとに続く方たちよ、心されよ。

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古希

2018年04月23日 | 徒然に日々のことを
久し振りに、妹のようにしている友人から電話があった。

昨日の、出しゃばりの件を話すと、「いいじゃないの、この年になったら、たった一人でも、喜んでくれて、たった一人のためにでも何かできることは幸せなこと。」

「万人に、いいね!をもらおうなんて、無理無理」と。


彼女は、とても色彩感覚の良い人で、アクセサリーの手作りをしている。少しずつファンも増えて、注文が来たり、習いたいという人も出てきて、自宅で受け入れもしている。

週末は、横浜赤レンガ倉庫で、出店したとのこと。
そこでも、名刺から、メール連絡をもらったり、前回は逃したので、今回は気に入ったものを購入するつもりで着ましたと、思いを披露してくれた人が居たと、喜んでいた。

そんなセンスに溢れた彼女の作品も、評価はそれぞれ、がっかりしたり、喜んだりしているそうだ。
どんなに心を込めて作っても、興ざめの顔を見ると、無念の思いがひろがるのだと、だから、ひとりでも、満面の笑みで手に取ってくれる人が居たら、それがたった一人でも、十分だという。

私が、詩吟のあれこれを語るときの感動や喜びを、追体験して、同じように感じ、感想を言うようになってきた。
彼女の作品は、永遠に残り続けるけれど、私の詩吟は、一瞬にして消えてしまう。
形として残るものは、本人が忘れていても、それを見つけた人が、新たに、感動を覚える可能性が、高い。
声は、それはない。
 
その違いはあっても、その一瞬一瞬に起こる感動の波は、同じように、それぞれの心に残る。


以前は、何がうれしくて、と言っていた彼女も、その感じ「わかる~」と言うことが増えてきて、共感しあえるようになった。


その彼女も、「若いときと違って・・・」などというようになり、「古希」が、ますます我がものとなってきた。

『「古希偶感」と言う詩吟を初めて習った時、私に「古希」は来るのかと思っていたけど、きちゃったよ~』と言うと、彼女に笑われた。

そのころと、気分はちっとも変らず、成熟とは無縁で、東明先生の心境にはほど遠いのだけれど。

「うん、うん、わかる、わかる」と、今日言っているのだが、、、
来年、彼女が本当に古希になったら、何ていうのだろう。




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オルティンドーをうたった

2018年04月22日 | こたろう語録
久し振りだねぇ、、、僕のお言葉は。


今日は、詩吟の大事な会があったらしい。(東京芦孝会総会と懇親会)

その懇親会で、いいことも、イマイチなこともあって、一番気になっていることを、帰宅するなり、かあさんは、とうさんに話をしていた。

父さん曰く「ただの目立ちたがり屋と思われたね」と。

母さんがっかり。

「でも、会の全員がそう思ったとしても、ただ一人、彼女は、私の歌ったオルティンドーを心から喜んで、終わったら飛んできて、私のためにありがとう!言って握手をしに来てくれたんだからぁ」と、言い訳していたよ。



その時のいきさつについて、『とりあえず、「はい! わたしが!」と出しゃばらないで、「代わりに私にやらせてもらってもいいですか?」と尋ねればよかったんじゃないか。』と、父さんは言う。


「めずらしく、そうだねぇ。。。」と、応える母さん。



「だってねぇ、ピンチヒッターになりましょうか?って聞いたら、彼女は、私に、『お願いします』と、頭を下げることになるものねぇ。それは、嫌だから。。。」    
かあさんや、そこまで。




父さんは、もう、母さんの言うこと聞いてないよ。

まぁ、めったに反応しないけど、意見を言うときは厳しいことしか言わない父さんだよね。



友情とか熱いとかこっぱずかしい父さんだからねぇ。。。



彼女との友情を温めたということで、母さんは、それだけで満足したってことだよね。
他に何と言われようと。


三日前まで、ろくに声が出なくて、詩吟もちゃんと練習できてなかったのに、何で突然に錆びついたオルティンドーだったのさ。

それは、自分でもよくわかってないみたいだね。


もしできるなら、彼女の、俳句を聞きたかった母さんは、固辞した彼女のピンチヒッターとして、詩吟をするわけにはいかなかったみたい。そりゃぁそうだよねぇ。

それで、咄嗟に、オルティンドーだったんだね。

咄嗟に、オルティンドーを選べるようになったんだねぇ。


母さんにとって、何よりも良いことだ。


完全に声が出なくなっていた2週前は、自分の存在価値がなくなったように落ち込んでいたからねぇ。

それくらいで、どん底だとは思わないけれど、僕が心配になるくらいかなり、沈んでいたからねぇ。
そこから浮上して、すっきりあく落としをして、声まで、ちゃんと出るようになったのはよかったよ。

不安のままに、「海を望む」をみなさんの前で吟じてみたら、とても良い感触があったってことだね。

それも、難関だった「晴れひらく」の頭高の『は』の音が、いい感じで出たから、抜け出したと実感したよね。

だから、咄嗟のこととは言え、オルティンドーをしたくなったんだねぇ。


その時の瞬間の判断と行動は、いつもお世話になっている彼女を助けなくては、だったんだよね。
盛り下がりかけた懇親会の空気を彼女のせいにしたくなかったこともある。

れっきとした司会者が居て、その後ろには、サメ[ト役が居て、懇親会の進行について忖度する立場ではなかったにしても。

人の期待に添いたかったわけじゃないよね。目立ちたかったわけではないよね。

でも、オルティンドーだからねぇ。。。あの声が出たからねぇ。

まぁね、当分は、「めだちたがりやのすみこ」をぶら下げているしかないね。

そのうち、また何か違うことが起こって、興味がそっちに行くから。

まぁ、ちょっとの我慢だねぇ。。。


恩師のビャンバジャルガル先生へ、お元気でしょうか。
 「発声練習もしないで、詠ってしまいました。
  モンゴル人は、居ませんでしたから、大丈夫ですよ。
  今度から、一人カラオケの時は、オルティンドーも
  練習をしますね。」と、
  母が申しております。


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はじめの一歩 これから

2018年04月19日 | 論語と
初めの一歩は、平成26年にはじまりました。今年度は、5年目にはいります。
最初の年度から続いている方が、二名、昨年度からの方が二名、今年度も継続なさいます。
その他芦孝会から数名。

須藤先生の講座がなくても、詩吟をしたいという方たちです。

須藤先生の復帰まで、どういう形を取るか、先月からの懸案でしたが、須藤先生が復帰なさるという強い思いが、メンバーの方たちは「今まで通り」と言う結論を出しました。




先月に引き続き、自前のレコーダーに、諸先生の吟詠を録音しました。

これで、新A≠Pのテキストの、吟題は、すべて、音源を確保し、そのほかにも、数題の先生方のお気に入りを選んでの吟詠も、入れていただきました。

今までは、予習はしなくて良いと行ってきましたが、まだ習っていない吟題の模範吟を手にしたので、お暇のある方は、耳にして、予習になることでしょう。

今日も、新しい吟題の「涼州詞」は、今回1回だけで、独吟へ持っていくことができました。
一応、来月、おさらいをと申しました。
次回は、一回だけ一節ずつ声を出し、すぐに合吟で、最後の締めくくりと出来るはずです。

「今日でおしまい」と言いきると、不安感を持ってしまうものですから、「次回おさらい」との言い方にしました。

次回は、「白帝城」です。

初めの一歩の始まりは、「みんなで声を出して、漢詩に親しみましょう」ということで、始まりました。

みなさんになじみやすいということで、日本の漢詩からはじまり、二年目には、誰もが知っている春暁をはじめとして、李白、杜甫の作品に、取り組み、三年目からは、和漢取り合わせてと、いう選択になっています。

のんびりゆっくりですから、年間、三題から四題の吟詠習得をしました。
さすがに4年目の昨年度は、七題と、飛躍的に増えました。

今年A-1のテキスト20題の中の、残りは、あと5題となりました。

ここまでは、テキストのコピーで、続けてきましたが、A-1が終わったら、さて、テキストはどうしましょうねえ。

須藤先生は、長年ずっと変わること無く、資料は、コピーを取って、与えてくださいました。
そして、ご自身の出された本は、無償で提供してくださることもありました。

前回、須藤先生とのお話の中で、論語の付属的講座ではなく、独立した講座と認識なさることを、望みますとおっしゃっていただきました。

ありがたいことです。

それはそれとして、ありがたくお言葉を頂いて、復帰なさったら、元のやり方同じようにする予定です。

詩吟をこそやりたいと思ってくださる方のために、もっと近くて、安い会場を探す心づもりもありましたが、いろいろと考えた末に、今まで通りとの結論が出ました。
このまま、同じ会場で、はじめの一歩を続けることといたします。

その上で、まだ、もう少しの満足感をと言う方がいらっしゃるなら、それなりに別個に、ご相談申し上げることにいたします。


場所が変わったら、お一人は、参加できないとのことでしたので、どうしたものかと悩みましたが、今まで通りと言う結論で、めでたく、詩吟をしたい方たちが、全員続けられることになりました。

先生が帰って来たら、先生の講義を今まで通り、1時15分から始めていただきます。
先生の講座を聞きに戻ってくる人たちは、今まで通りの心づもりのはずですから。
私たち詩吟組は、繰り上がっていた時間を元に戻すだけです。

1時から5時という長時間の時間枠を、目いっぱい使って、楽しんで続けましょう。
何よりも、須藤先生の体調を見ながら、元通りに戻られるのを、心から願い、ご無理をなさらないよう、十分に休養をなさってから、戻ってほしいと思います。

まずは、新年度、気持ちよく心置きなく始りました。




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ごきげん

2018年04月16日 | こたろう語録
このところ、かあさんが、一日中うちに居るから、僕はご機嫌だ。

花はさくし、暖かいし、ごはんがおいしくて、お皿が空っぽになる。

そして、ボーンやりしている母さんのひざの上で、”のびーン”としていると、自然に喉が鳴る。



それでも、まだ、ホットカーペットは、必須条件さ。

この伸びた体は、たとえホットカーペットのうえでも、冬には無い姿勢だねぇ、あったかくなったんだねと、よろこぶのさ。

あったかいのが気持ちよくて、伸びているのか、母さんを喜ばせようとしているのか、時どきわからなくなる。


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