風のこたろう

'05年4月6日~'07年4月7日 ウランバートル生活日記
'09年8月~  詩吟三昧の徒然日記

本当の源

2017年06月30日 | 体を整える
右の膝の痛みは、山田先生の操法を受けることで、どんどん和らいでいます。

この痛みの源は、左の股関節に原因があるそうです。

ちゃんとした仕事をはたせない、あるいはさぼっている箇所から、その働きを補うために次々と別の場所がうんと働いて、そして、手助けが必要になったら、またさらにその隣と、助っ人を呼んでくるうちに、右の膝がカバーすることとなり、それ以上は、助っ人を頼めなくなって、右膝に滞りができて痛みとなって、体が悲鳴をあげたのです。

若いうちは、いくらでも頑張れるのですが、頑張れているうちは、何事もなく過ぎるのです。
年を重ね、体の柔軟性も失われ、ある日限界点を超えると、痛みとなって、サインを送るのです。

そうなんだぁ、左がさぼっているから、右へと動き下へと動き。。。

問題点の改善は、一つ前を確認すべきですねぇ。
それでも、改善しないときは、もう一つ前を探って、本当の、源を探りだすことができたら、一挙に問題解決となるのです。

そうか、私の右膝の痛みの本当の原因は、どうしても治らない「食べ過ぎ」だと思っていましたが、本当は、左股関節に会ったのです。

先生に指摘されて初めて、わかりました。
そして、その、原点に刺激を入れて、凝り固まった部分をほぐす作業にかかります。


詩吟でも、ちょうど昨日、「問題のある個所は必ずその一つ前にあることがあります。
その箇所を見つけて、改善すれば、最初に見つけた問題点まであっという間に解決しますよ。」と言ったばかり。


原因が一つ前なら、自分でも探して解決することができそうですが、少し遠いところに原因があるとき、あるいは、知らずしてさぼっている場所があるときは、外から、厳しい目で見てもらう必要があります。

その作業ができるかできないかによって、更に高みに登れるか登れないかの分かれ目なのです。

その見極めができる目を養いましょう。

その時、ちょっとは、後退しても、更なる高みへと登る可能性にチャレンジできるかなぁ

私は、その一つ前の原因は、すぐに見つけることができますが、その二つ前、三つ前をみつけることができるか、そして、見つけたら、その対処法を見つけ出すことができるか。

みつけだしても、もしかして、時間のかかりすぎる作業だったら、勇気を出してそれを勧めることができるだろうか。




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夢松風6月 みごと!

2017年06月28日 | 詩吟
まいった!

頭高の「七」のしかも「せ」を美しくクリアに、正しい音程で、吟じてくれました。

お手本を吟じる私は、頭高のしかも「七」の音程で出すのは、いまだに満足の行く音が出せません。

なのに、お手本以上の技を繰り出してくれました。

本番でも、これが出せるように、あとすこし、練習を重ねましょう。

お手本そのままに、吟じてくださるのもうれしいことですが、今日のように、私の苦手とするところを、するりとクリアされて、涼しい顔をしているって、すごい。

あまり言いすぎると、自然に何の衒いもなく出てきた、声に、緊張を呼ぶかもしれませんから、このくらいにしておきましょう。

先輩冥利に尽きるとはこのこと。


今日は、8月の昇段試験の吟題のおさらいでした。

4段は、絶句一題と律詩一題です。

それぞれ、思いのある漢詩を選ばれて、順調にここまで来ました。
心意気を示すような吟詠をなさる方。
情緒を表現される方。

大人の吟詠です。

私自身が学ぶことの多い吟詠をなさいます。

細かいことがどうでもよいと思いますが、試験に臨むのですから、細かい指摘をせねばなりません。
まだ、日にちがありますので、その吟詠の良さを消さない程度に、改善点を伝えましょう。


ゲストさんも、それぞれが、テーマを持って来てくださっています。
なるべく、希望にお応えしたいと思います。


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自由に参加

2017年06月27日 | 詩吟
芦孝会のありがたいシステムにより、自分の練習のために教場を訪れました。

2日の「峨眉山月」の伴吟と「秩vの独吟を発表します。

小西如泉先生の伴吟ですから、プログラムも後ろの方で、責任重大です。
少し装いも新たにして、お世話になった時のことを思いだして、心を込めて吟詠をさせて頂きます。

回数を重ねて、積み重なるものと、どうしても置き去りになるものとがあります。
自分の吟詠を外から聞いて頂いて、批評を頂きたかった。

それが実現して、ほんとにすっきりして、嬉しかった。

まだ、教室を持つ前の練習でも、こんなに充実して満足の行くお稽古ってあっただろうか。

先生でございと言って、教場で上座に座っていると、勘違いしてしまいます。

あくまでも、すべて、格など関係なしに、平等という野田 芦孝会長のお考えは、時として、刃が自分に向かってくる。

未熟な心が、刃にしてしまうのだから、精進、精進。




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6月中央会

2017年06月26日 | 詩吟
6月東京芦孝会中央会 いつもの会場が借りられなかったので、少し離れた別の会場で行われました。

会場の確保が、当たり前にできていたのが、最近は、借りたいグループがふえて、少しずつ難しくなって来ています。長年のお馴染みさんという考え方は、全く通じません。

また、長く続けていると施設の改修工事などと言うものもやってきて、来月から、1年のあいだは、東大島教場は、受難の年となりました。

こういった公共施設のおかげで、始まって以来の、1回500円(中央会は1000円)という価格で、運営を続けています。
もちろんその陰には、会長以下幹事団が、表に立たない活躍ご苦労の積み重ねがあることも、大きな理由です。


そのような顔ぶれが、集まって、淡々と今日の役割をはたしている様子を見ていると、それだけで元気がわいてきます。

見ず知らずのおかみさんに、思わず本音が出てしまうことも、それで良しとしよう。
お仲間たちの、動きを見て、ひそかに元気をもらうも良し。
張り切って、ある目的をもって今日のお稽古にやってきた会員さんに、久し振りで、めったにないからこその辛口の批評を言うのも良し。

明るく目出度いビッグニュース、東京芦孝会のHPをご覧になって、早くも神田教場へ新人が参加!

太田道灌の集いにも、参加する準備も着々と進んでいます。

もともと狭い世界にいるのに、さらに自分の周りだけが、全世界になりかけていると危うさをかかえていると、中央会で、会員のみなさんにあうと、視野がひろがります。
それぞれがそれぞれの立場で、知恵を出し、意見を求めつつ、努力をしていることを改めて、目のあたりにして、しぼみかけた風船に空気が入ります。
月に1回のこの会が、踏みとどまったり、前に出る呼び水的要素となっています。



  =幹事会では、「太田天籟・須藤明実作品展における漢詩の集い」について=
野田会長のお許しを得て、関吟本部より「初めよう楽しい吟詠」の冊子の無料配布を得たこと、関吟ニュース7月号を印刷代をお支払いして提供していただいたこと。それに、かかわる三人の芦孝会メンバーのお名前も公表した上で、ご報告させていただきました。

これに関しては、須藤先生のほうから持ちかけていただいたもので、芦孝会広報活動も、先生のほうからご自由にどうぞとの提案でしたということも添えて。
ありがたくお受けして、私たちは、吟詠に力の限りを尽くします。

先生のお書きになった絵に、どれだけ近づき、吟者の思いがどれだけ投影出るか、試される思いです。
須藤先生には、そのような「試す」などという思いは全くあろうはずがありません。
私が、一人で、あれこれと、思い描いて、身が引き締まる思いをしているということで、ご理解いただきたいと思います。

中央会の後は、懇親会ですが、珍しくお休みの人が一人、久し振りの人が一人参加。
雰囲気が変わるものですねぇ。

楽しいお酒の後、散会。
さぁ、来月もがんばろう!


もう一つ、「誰もいない時に電話をください。練習に駆けつけます」と行ってくださったゲスト候補の方が一人いました。
そうか、一人だとやりにくい人もいれば、一人だと迷惑をかけないから良いとする人もいるのだねぇ。

当分、その機会はなさそうだけれど、一人詩吟の日が、来るのが逆に楽しみになるとは!
会員さんたちには、気を使わせていますが、これで、少しは気の休まることでしょう。
一人一人丁寧にが、実現するのかな?




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質の良い睡眠 人体力学

2017年06月24日 | 徒然に日々のことを
 
体にとって一番の栄養は、食べ物ではなく、一番の栄養は睡眠だそうです。

眠りの急所である大胸筋やこわばっていたり背骨が硬かったりすると、なかなか寝付けなかったり、寝ても寝ても眠かったりするそうです。


大胸筋と聞くと、声を出すのにも影響のあるところです。

私の大胸筋はどうなっているのでしょう。

操法を受けている時、息がよく入っていて、声が伸びやかに出ると思うときは、きっと大胸筋が緩んで、背骨もこわばりが取れている時なんだろうねぇ。

その、状態をいつも続けることができるようになると、もっと、眠りの質がよくなり、詩吟も楽しく吟じられるのだろう。

自分の体の状態をよく認識することは、大事なことですが、物事を一生懸命に進めている時は、夢中で、振り返ることを忘れます。

山田先生の操法を受けることで、振り返って反省したり、喜んだりします。

衝撃的なことが起こると、体を固くしてしまいます。まだ、余力のあるときは、一瞬体を固くしてしまいますが、それが却って刺激となって、緩んでくることもあります。

それが、井本整体の極意ともいえますが、なかなか、毎回そのようにうまく行くときばかりではありません。

ただ、緩ませるといっても、そうは簡単に行かないのです。
だから、力を集中して固くするのですが、その後、うまいぐあいに力を抜いて、体を緩ませるという技が、必要になります。

剣道を習ったことも駐≠ノ触ったこともないのに、剣道が主題の小説を手にしました。
同じようなことが書いてあって、読みながら、体が反応して背筋が伸び腰が入っていくのが、手に取るようにわかりました。
あの感覚は、不思議で、習った知識が、素直に体に反応していくのがわかりました。
すべてに通じている人体力学の不思議をここでも感じています。

7/17(月・祝)
11:30~12:30
早川講師による夏のワークショップ
「猛暑を乗り切る秘密とは?」
http://www.imoto-seitai.com/contact_ws.html





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帰り道の雑貨屋さん

2017年06月23日 | 出会った人
すっきりしながらも、ちょっと寂しい思いも抱えながら、センターを出る。
練習後の高揚した気分のままに、会話を楽しみながら駅へ向かうのが、常のことだから。
一人は、キャスターのゴロゴロの音が大きくてね。

センターのすぐ前の、何時も気になる雑貨屋さんにふと寄り道したくなって、立ち止まりました。

犬を乳母車に乗せたご婦人が、出てくるところでした。なじみの客かお知りあいの様子。

すれ違いに、店に入るとお客は誰もいない。

構わず、隅から隅まで、眺めて、気になるものを手に取って、矯めつ眇めつ。

一旦元に戻して、リセット。
奥から五歩ほどの入口からまた品物を見直す。

やっぱり、それが、気になる。もう一度手に取る。

おかみさんと言う年代なのだけれど、おしゃれモダンな清楚な服装の女性に、質問をすると待ってましたとばかりにその品物の説明をしてくださる。

柔らかい笑顔で説明をした後、その店の壁にある書き付けを指さし手、「無駄なものをお持ちにならないで、一旦考え直してはいかが」と、おっしゃる。

なんと、面白いことをおっしゃる。そこまで、その品の良さを述べておいて、全く面白い人だ。

なんでも、福島の惨状を見てから、もともとの思いをさらに深くしたとおっしゃる。

この店の常連さんは、気に入ったものを見つけると、まず、家に帰って、家の中のありとあらゆるところをひっくり返して、同じようなものはないかと探し回るのだそうだ。

だいたい、気持ちを変えて、探すと見つかるものなのだそうです。

商いをしながら、面白いこといいますねぇ。

そんな感覚をお持ちのおかみさんに、ボロリと「今日はひとりだったんです」と言ってしまった。
その時は、楽しくひとり詩吟を語ったつもりであって、弱音を吐いたつもりではなかったのですが、今に思うと、弱音だったかなぁ。。。



何を教えてらっしゃるのと、尋ねられ、ほんの数分後には、応援しますよと言ってくださった。

そう言えば、思いだしたけど、ここは、二度目だった。

その時から、忘れないでいてくださったようだ。
確かその時は、手に取ったものを、助言に従って、置いて帰ったんだった。

思いがけないところに、思いがけない人がいて、思いがけないことを言ってくださった。

気持ちが平らかになった。




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すっきり

2017年06月23日 | 詩吟
夢青葉教場 念のため、早めに教場へ向かい、ロビーでランチ。


時間になったら、今日の鍵の受け取りと、9月の部屋の予約分の支払いをしました。

今日は、一人です。

3時間余りを、過ごすための準備万端整えて、荷物はなるべく軽くしました。

すべての本、資料は、怠りなかったはずなのですが、スマホもICレコーダーも二時間たらずで、電池切れとなり、文明の機器は使えなくなりました。

それでも、詩吟はありがたいことに、びくともしません。

伴吟のために、タイムを図り、伴奏に合わせるという作業で、機械頼りになりすぎていると思いはじめたところの一人練習でしたから、電池切れでも幸い。

却って、 伸びやかに、詠うことができて、自分を取り戻した感じです。

本番でこれだけ伸びやかに、吟じられれば、先生も合わせやすくて、楽に舞うことができることでしょう。   
         fujifujifuji「我田引水」fujifujifuji



もう一つのテーマは、女流詩人の漢詩の吟詠。
おろそかにしていたC号テキストには、連続して女流詩人の詩が載せられています。
何号か前の吟詩日本の記事にもあったように、江馬細香をはじめとして、C27-1からC29-2まで、ずらりと女性です。

次々と吟じていると、とても読みやすく吟じやすい。
言葉が絵となってすぐに体に入りこんできて、うたになる。
えっ、どこまで?   最後まで。

こういう感覚で、これらの詩を吟じたことがなかった。何てもったいないことをしたものだと思う。

ただ残念なのは、先ごろ、新しいテキストには選ばれず、私の手でバツ印をつけられたものが五題もあって、残念です。


思い切り、マイペースで吟じた後は、爽快でした。
自由に吟じることは、何てすっきりするんだろう。


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速報 吉報

2017年06月20日 | 詩吟
    ★ おめでとうございます ★

6/11(日)日総連 独吟コンクール 結果
     東大和市民会館 ハミングホール

上野 哲  入賞  (全国決勝大会進出)
安藤忠勝  入賞  (全国決勝大会進出)
白田英夫  入賞 
冨安和雄  入賞
島根 晟  入賞

  
全国吟詠コンクール決勝大会
 平成29年10月9日(体育の日)
 兵庫県尼崎市総合文化センター

関吟ニュースの作業中のメールで、芦孝会会員の吉報を今、知りました。
6月11日のニュースが速報かといわれると、”?”ですが、今朝入手したばかりなので、こたろうでは、「速報」といたしました。

快挙おめでとうございます。
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伴吟

2017年06月20日 | 詩吟
大輪神道流 小西如泉先生の教室へ、伴吟の最後の手合わせに伺いました。

先生の流麗な舞に伴吟を仰せつかるのは、とても光栄なことです。

大輪神道流の舞と関吟の吟詠とが、合わせにくい箇所のチェックをして、可能な限り吟を合わせる練習をしました。

小西如泉先生は、 「どんなことがあっても、舞いが吟詠に合わせるものなのだけれど」とおっしゃいます。

私は、習慣よりも、小西如泉先生の大輪神道流の舞をさらに魅せるためにはどうしたらよいかを大事にしたいと思います。
かつてお世話になったときのことを思いだすと、そのように気持ちが自然に働きます。

「峨眉山月」の転句は、ちょっと凝った吟法ですから長いのです。
「夜」には譜をとって、「清渓を」の中上はねの吟法を鮮やかに軽やかに跳ねることを心がけて、吟じます。

声の調子の良いときは、はねがうまくいくのです。
「はね」の最後の音は、上げよう、はねようと思いすぎると、うまくいきません。
音程のイメージは体の中にありますから、前に吐き出すことを思います。これは、吟道大学での収穫です。

ちょっと下表現で、大きなヒントを得るものです。
小気味よく、はねが決まると、後の吟詠が、自然に流れてくれます。

そんな私の得意な気持ちを、先生は素早く嗅ぎ取って、褒めてくださいます。
感覚と価値観の同じ者同志の(と言うと先生には大変失礼になるのですが、、、)通じ合うところと言ってもいいのでしょうか。

心地よい満足な時間を過ごしました。

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帰った

2017年06月19日 | こたろう語録
旅行から帰って、今日の一仕事を終えて、姉さんが、「あんとふく」を迎えに来た。

久し振りに、母さんの手料理を食べて、満足気な表情で、「おいしい」を連発。
ぼくも、うれしくなったよ。

いくつになっても、食べなれた母親の手料理を食べるのは、嬉しくて、おいしいんだねぇ。

僕は、猫缶も好きだけど、かあさんがくれる、「かつおぶし」も大好きだ。

かあさんもとうさんも「おねだりじょうずになったね」というのだけれど、ぼくは、ほしいときに「おやつー」と意思表示をしているだけなんだけど、あなたたちが私の言葉を解するようになったんじゃないの?

出窓を占拠されて、この心地よい日々を3日も無駄にしたけど、その分、母さんが、いつもより僕のことを気づかってくれるから、まぁ、許すとしよう。

ここは、兄貴として鷹揚なところを見せなくちゃね。
一応社交辞令として、「また、おいで」を言ってやらなくちゃね。










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