風のこたろう

'05年4月6日~'07年4月7日 ウランバートル生活日記
'09年8月~  詩吟三昧の徒然日記

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2018年11月28日 | 徒然に日々のことを
今年に入って、とっても珍しいことに、このブログに拍手を頂いています。

そして、3月 7月 9月に、それぞれコメントを頂いていておりまして、大変うれしゅうございました。

そのうち、お一人は、お名前も頂いていたにもかかわらず、大変、失礼いたしました。

拍手に対するコメントが、ブログには掲載されません。


拍手管理というところに行けば、私だけですが、簡単にコメントを読むことができます。
コメントを頂いたことがないので、管理画面を出してみることもなく、気が付きませんでした。

ブログを何年もやっていながら、迂闊なことでした。

いまさらながらですが、どなたか存じ上げませんが、コメントを頂いた方へ、お詫びとお礼と感謝を申し上げます。

          ありがとうございました。




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デイケア訪問

2018年11月26日 | 徒然に日々のことを
藤世野会の踊りの師匠とお弟子さんたち+詩吟1名のボランティアの会は今日で、二度目。

1時間を6曲の踊りと一題の吟詠を行います。

踊りの間4番目に吟詠を入れ、最後には、炭坑節や花笠音頭で、みんなも一緒に輪になって踊ります。

同じ者が続くとだれがちになるところを、うまくプログラムされています。

藤世野師匠の最初のご挨拶が、おとなしめなので、大丈夫かなぁと思いましたが、その分、吟詠の前説を元気にインパクトを以てやれるので、吟詠への導入は、楽々です。

他に吟詠をなさる方がいなくて、気を使わなくて良いために、思いっきりの語りを入れることができます。

誰かがいると、引きすぎる私の欠点が露呈しないので、助かります。

今日は、「太田道灌」さすがに、ご存じの方がいらっしゃって、江戸城、七重八重、黄色のキーワードで、頭が持ち上がり、目に光が宿って、「ピンメ[ン大正解」では、笑顔が大きくこぼれました。

さて、こんな感じで、進められる次回の吟題は何にすればよいでしょうか。

なかなか、予定が合いませんが、体の空いている限りは、ご一緒させていただこうと思います。



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ウグイス福祉吟詠教室

2018年11月23日 | 詩吟
福祉吟詠 https://blog.goo.ne.jp/junsashikata
横浜ラメ[ルにて、1時15分~15時まで

11月3日の文化祭での発表を映像を見ながら、反省会。

今回は、応援に行けなかったので、私は、静かにみなさんの様子を見ていました。

去年の経験があるので、積極的な意見が出ています。
そして、より具体的な改善点など、すでに来年に気持ちが飛んでいるかのような熱の入り具合です。
ますます会が盛り上がり、メンバーの意識も高まっていることが実感されます。

主催の指方先生の、大丈夫かなぁと思えるくらいの頑張りが、大きな支えとなっています。

包容力のある、優しい導きは、見習いたいくらいです。

今日は、帰りのお茶で、指方先生は、ビール一杯、私は、焼リンゴ、そのほかの方は、珈琲やビールでした。

いつか食べた焼リンゴが思いだされて、また食べに行きたくなりました。







この日のお茶会は、いつもより一歩踏み込んだ会話となりました。

お互いに探り合いだったのが、接点が見つかった気になり増した。

そのおかげなのでしょうか、お店から、駅のホームまで、何度かご一緒することのあった方が、「どうぞお先にいってください。私のペースで歩きますから」と、言いました。

それで、私は、遠慮なくお先に行くことにしました。

それで、いいのです。

それが、できるようになったのです。

その先、また、共に過ごす時間が増えてくると、きっと、あれをして、これは、結構よと、言える仲となくことでしょう。
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焼き鳥

2018年11月23日 | 徒然に日々のことを
焼き鳥を食べ、ウーロン茶を飲み、世間話をする。

年は違えども、同じ興味を持っている女性とのかたらいは、憂さ晴らしになる。

こちらの状況がわかっているので、細かい説明抜きで、「あれ」とか「これが」で話を始められ、よく通じるのも、良い。



こんな話をずっとしたかった。ついでのようになってしまったけど、祝杯もあげられたし。

また、こんどね。  乾杯!







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終了

2018年11月21日 | 詩吟
一つの吟題のおさらいの終了を告げるとき、あと少しと欲張りにならないように。

今できることは、ほとんどやったけど、時間をかければよいということではなく、あとは宿題です。

マンツーマンなら、一人一人の満足のいくまで、行うことができ、比べることはないのですが、、、

なまじ、先生の吟を聞いて覚えた経験があると、最新のテキストにある五線譜は、よし悪し。

声を聴いているつもりで、聞いていないで目で追いかける現象が起きています。
そのくせ、その目も見落としがあるのです。

しっかりと耳を働かせて、苦労して、ものにしようとする姿勢が劣っていきてる気がします。
便利なものが出てくると、それが当たり前になり、楽しているつもりはさっぱりとないのです。

どうしても、私が習い始めたときは云々と言いたくなってしまいます。

楽に早くというのは、取りこぼしがあるものです。

結局、初心者では、苦労をした分、体が覚えておいてくれまるものです。

そして、今日は、「塾生に示す」の仕上げでした。
お二人の先輩さんは、さすがの吟詠です。

絶対音感のない私には、ものさしがあって、はじめて、その正しい姿を理解できました。

創世記をよく耐えて、教室を維持することに耐えて、ほんとによく育ってくださったと、驚き感謝をいたしました。

曲がりなりにも先生と言われ、思いのほか長く続けられたのは、この支えがあってこその夢松風なのだなぁと、今頃気づいています。ありがとう。

来月は、忘年会ですねぇ。どんな話が出るのでしょう。

「両英雄」の練習が始まりました。9月の本番で、胸を張って吟じられるように、今から、少し厳しめに練習をいたします。

一通り終えたら、ほかの吟題へと移り、少し息抜きをして、また、近くなったら、習い直しをいたしましょう。
入会して半年もたたないうちに、20周年の大舞台の練習を始めることとなり、さぞ、目まぐるしい思いをしていることでしょう。

今頑張れば、9月は楽勝ですよ。教室を超えての合同練習もあることでしょう。その時、心細い思いをなるべくしないように、私も頑張ります。


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左側が力をつけた

2018年11月20日 | 体を整える
左の腰に力が入ってなかったことが、最近自覚し、その前だったか後だったか、定かではないのですが、腰を痛めました。

痛みが無くなって、腰に力はいってないってことはどういうことかと考えていました。

腰の痛みがあるおかげで、重いキャスター付きバッグを引っ張るときに、工夫をしたり、腕や腰の使い方を試行錯誤するうちに、力を入れるってこういうことかなと一瞬だけど、かんじるようになってきました。


今朝いつもの通り靴を履くのに苦労して、電車の揺れに体を任せていたら、アレッ、これってもしかして力が入っているのではと思い当たりました。

力が入っているのは、自覚できるけれど、今まで、力が入っていないことには、気が付きませんでした。
左の腰は、なにも働いていませんから、むしろ、軽いくらいな感覚でした。
それが、膝から右の膝へ、そこから右の股関節へと負担をかけていたのです。

到着するや否や、山田先生にご報告したら、しっかりと、左の腰に力が入っていますと、嬉しい答えが返ってきました。

腰痛にならなかったら、いまだに、無理やりな引っ張り方をし、右手と右腰に負担をかけ続けていたのかと思うと、右側さんたち、「長らく無理をさせたねぇ、ごめんなさい。」です。

今まで、山田先生は、左の腰を如何に助けるかに心砕いて、操法をしていてくださったそうです。
それは、私には、言ってもわからないことだったのだろう、言葉に出したことがあったとしても、私には、受け取れなかったのですねぇ。

何か、不具合があって、やっと、理解に至るわけです。
その、違和感や不便によって、気づきがあり、やっと、いろんなことから改善されました。

帰りに靴を履くときは、楽々でした。
「柔軟になったと言うことですか?」とお尋ねしたら、「下腹に力が入ったからです」とおっしゃいました。

「えっ」では、今までの下腹へ気を入れていたつもりは、つもりだけだったのか!
先生は、「今、詩吟したら、よい声がでますね。」と、笑っていました。

そう!いつも、整体の帰りには、声を出したくなるのです。
すかさず、カラオケ直行とはいかない優柔不断なことよ。


帰りの電車では、左側の意識していなかった違和感を意識しそれがだんだんと、溶けだしていくというような、感じでした。
やがて、左側が暖かくなり、左の方向へ曲げにくかった首をねじることが楽にできました。

そしてもっと不思議なことは、背中まで、ひきしまって、姿勢がよくなったことです。

先生は、この腰を何とかと思い続けて、やっとそれが叶ったことを喜んでくださいました。
どれくらい前からのことだったのでしょう。

私には、ついこの一か月のこととしか思えませんが、長かったのでしょう!

あとは、足首の柔軟性が、戻ってきたら、かなりいい線を行くようです。

足首は、若いころねん挫したのをほっておいて、自然治癒させたのを、今頃後悔していますが、理由はそれだけではないようです。

足首に柔軟性が戻って、足の内側が、意識しなくても引き締めることができるようになったら、すごいことになりそうです。

若い身体は望めませんが、若々しい身体で、居たいものです。

しかるべく所に必要なだけ、力を込められて、あとは、リラックスしてる姿勢を、いつでも取れるようになろう。


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南極越冬猫・たけし

2018年11月18日 | こたろう語録
南極で、越冬した猫がいるんだってねぇ!
三毛猫にしては、遺伝的に珍しい雄が、越冬隊にもたらされて、「たけし」と名付けられたそうだ。

雪の上を平気で歩き回り、夜は隊員のお腹に潜り込んで眠ったそうです。

隊員の大きな慰めとなり、1年の後、帰国しましたが、1週間後に家を出て行って、誰もその姿を見なかったらしい。

その時連れ帰った隊員は、「今でも、たけしはあっちにいるんだよ。あっちとは南極だよ」と言ってました。
   (H30.1.15.木 NHKTV ”もふもふモフモフ”より)
    (国立極地研究所 アーカイブ室 からくわしい情報を)


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素敵な人たち

2018年11月17日 | 詩吟
11日の記念大会では、9人の県短吟詩部OGが集まり、指定された席で、吟詠を聞きました。
初代の先輩が一人、次が三代の私、以下四、七、八、十五代が揃いました。

永井先生が岡大の第三代、私と同級生が11代、ということは、短大吟詩部と岡大吟詩部は、10年ほどしか違わないのですねぇ。

本来なら、私たちも、50周年を祝っているはずでしたが、残念ながら、吟詩部は、今はありません。

なぜなら、短大が四大になったとき、吟詩部を受け継ぎ存続することができませんでした。

平成7年1月29日に閉部式が計画され私も出席を予定していましたが、その直前の17日に起きた阪神淡路大地震のため、交通網が遮断され、出席が叶いませんでした。
そのため、そのとき、明らかにされるだろうはずの閉部に至ったいきさつなど、そして、終わりの儀式をこの耳で、この目で確かめていないので、私の中では、まだ、県短吟詩部は生きています。
そんなわけで、私の中では生きていても、本当は、平成7年に30年で、その歴史を閉じています。







                     翌朝の帰りの窓から富士山

さて、現在の五似ん会は、現役時代は第三代五人組として、勇名を馳せましたが、卒業後にも部室に通ったのは、市内に職を得た私一人だけ。
それぞれは、仕事に精力を傾けました。

そして、それから、50年。

今、私が詩吟とかかわりを持っていることを一番驚いているのが、永井鈴木の両先生でしょう。
だから、こんな時に、出席の報を入れると、手放しで喜んでくださるのです。
今も、永井先生の教場に通い、こまめな連絡をくださったのが、第八代の後輩で、とても喜んでくださったのを、教えてくれました。

結婚で、詩吟とはもうおサラバと思って、新生活にぜんりょくをそそげたから?
遠く離れて、詩吟をしていないことを気に病むことがなかったのが良かったのでしょうか。
のんびり、マイペースで、かかわれたのが、良かったのでしょうか。

そのほかの後輩のうち第七代の二人は、今では、お座布団付きのバッチの指導者資格をもち、それぞれの道をまい進中。


ある人は、この上なく厳しい指導を受けているというし、ある人は、一緒に集まって声を出しているだけです。ずいぶん長いからなんでもわかっているので新しいことを習わなくてもよいし、、、なんて、さらりと言う。

詩吟だけでなく、他の分野でも相当の精進をなさっているとのこと。
その腕前を、次の機会に見せて頂くのを楽しみにしています。

そのほかは、仕事に、漢詩つくりに、それぞれ、自分の道を見つけて、楽しみながら、その生活に誇りを持っている。

なんて、いいんだろう。
こんな後輩たちに会えて。
たった一人の先輩は、早くに逝かれた同輩を胸に置いて、参加され、思い出話をする。

その思い出話とは、第三代の五人は、よくそのなくなられた先輩に叱られましたよねぇ。
鈴木先生の、薫陶よろしく結束の堅かった私たちは、何をするにも目立ち過ぎていました。

そして、岡大の男子学生と同じような行動をしていましたから、だって、先生は、「三年分はおしえてやる!」と意気込んでいらっしゃいましたし。
私たちは、それに、ちゃんと応えているという自負がありましたもの。

女性らしくたおやかでいらっしゃった先輩には、耐えられなかったことでしょう。

それも、思い出話。

今回、私たち五人が、先輩に反抗していたわけでもなく、目立ちたかったわけでもなかったのが、わかっていただけたことでしょう。
「先生のおっしゃる通りにしていただけ」の私の言葉が、今でも現役に負けない吟をなさるお二人の先生をまのあたりにして、ストンと胸に落ちたようでした。

50年を経て、初めて、この先輩は、私たちは無茶や無理をしていたのではなかったことをわかってくださったのかなぁと、思いました。

そして、最後まで居てくれたグループとの別れが何とも言えない幸せなものでした。

言うに言えない、気持ちの交流があって、その時間が、豊かな時間と感じられたのは、私だけだったでしょうか。

なんて、素敵な人たちなんでしょう。また、会いましょうねぇ。



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人体力学のフシギ

2018年11月16日 | 体を整える
 人体力学 井本整体のフシギVol.73より

免疫力があるとは、背骨が強いということ。
(※強いとは、筋トレなどで鍛えた強さとは違います。)

さわるとあったかくて気持ちのよい弾力がある、働きが良い背骨のことです♪

熱が出るのも、嘔吐や下痢、湿疹などが出るのも、理由がわかり、
上手な経過のさせ方がわかれば浮ュない。




             ★お知らせ★

  井本先生の新刊いよいよ来週木曜日に発売!


 『お腹をさわれば全身が変わる!人体力学「腹部十二調律点」』
https://www.imoto-seitai.com/books.html




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はじめの一歩

2018年11月15日 | 詩吟
須藤先生が、やっと、復帰なさることになりました。
実施は、来月からということで、今日、「初めの一歩」に顔を見せてくださって、来月からの、心づもりを話されました。

来月は、まず、易経から入ります。そして、筮秩iぜいちく)で、占いをやってみますと。
西洋の占いとは違って、奥深いのだそうです。

そして、先生のお話の前か後で、行う吟詠の第は、『苧「館』を所望されました。
病を得て、一人筮窒ノ触っていた時、窒フ音が心慰めてくれて、その詩の深い意味に心揺さぶられ、こんなにも『苧「館』が好きだったのかと、思い至ったそうです。



第三木曜日の「素読を楽しむ会」は、ここ数か月「初めの一歩」が、須藤先生の時間も頂いたので、二講座分の時間を、練習に励みました。

その前3年という月日と練習の積み重ねがありましたから、練習時間が倍になったら、急速に吟力の向上があり、詩吟へとさらに興味が向いてきました。

せっかくのこの育った力を何かの形で、表現する場所があったらなぁという思いから、東京芦孝会の秋の練成会に、出場させていただくこととなりました。

それには、一歩のメンバーのお一人が、もっと練習をしたいとのことで、会員になってくださったことから、実現の一歩が始まりました。
その方の出吟の権利をほかの3人と一緒に使わせていただくという形です。

その一人の女性の会員登録がなかったら、そのようなお願いはできなかったのです。
せっかくのチャンスに、ここぞと幹事会にエントリーのお願いをして、運よく認められました。

そして、練成会後はじめての、今日の練習で、みなさんの様子を拝見すると、とても良い刺激になったことがわかりました。

練習にも、一歩前に気持ちが進んできました。
注意を受けて、繰り返しても、へこたれませんでした。

来月からは、元の「はじめの一歩」に戻ります。
時間も半分になりますから、ちょうど良いクールダウンになることでしょう。
そしてまた、穏やかな進行に戻って、心豊かに再出発です。


この時間短縮について、須藤先生も、この「初めの一歩」にこだわること無く、他の方法を考えてくださっても構わないとおっしゃっていただきました。

これは、須藤先生がいつも気にしていることです。私も、みなさんの気持ちを大事に考えて、一番良い形を模索しています。

かたちに表れるものを、練習し、スキルアップしてくると、目で見える変化向上があります。
そのことで、いろいろと思うことができるのは、仕方のないことですが、その思いをてなづけて、自分のものにするのも、大事なことです。

頭の中にあるだけのものの学びは、知らないふりをすることができます。知らないで済ませることもできます。だから、比べなくて済みます。
「だから、楽しい」と、「だから苦しい」とが、詩吟のお稽古と形に表れないものとは、相反したところに、影響が出てきますね。


須藤先生と入れ替わりに、一人が、体調が悪くお休みになりました。

体調が整ったら、また、お越しいただくことにいたしましょう。待っています。




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