熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

江戸の誘惑・・・ボストン美術館展

2006年11月17日 | 展覧会・展示会
   両国の江戸東京博物館で、100年後に里帰りしたボストン美術館所蔵の肉筆浮世絵展「江戸の誘惑」が開かれている。神戸と名古屋で開かれて最後に東京に回ってきたのである。

   アメリカの医者W.S.ビゲローによって収集されボストン美術舘に寄贈された作品が大半。ビゲローはモースの日本講義に触発されて日本に興味を持ち、パリでパスツールから細菌学を学んでいた時期に聞いていたので、日本の浮世絵の価値を知っていて、その後来日して精力的に肉筆浮世絵を集めた。
   ビゲローは、フェノロサに日本美術の価値を教えられたが、フェノロサは浮世絵を俗物として価値を認めていなかったのだが、その説を退けて浮世絵収集にかけたのが興味深い。

   浮世絵については、結構鑑賞する機会があるが、断片的な展示が多い。
   一番感激したのは、ロンドンの大英博物館で、広重の「東海道五十三次」の全版画を一堂に会して見た時であるが、さすがにあの時は広重の絵に感激して長い間前から離れられなかった。
   丁度、日本舘の内装工事を手伝っていて起工式に日本から神官に来て貰ったり等して思い出深いプロジェクトなのだが、その開館前に人の居ない時にじっくり見ることが出来たのである。
   しかし、それらは版画であって、今回の美術展は総てペインティング、即ち、一点しかない肉筆の浮世絵ときているのであるから、その素晴らしさと価値はまた格別である。

   浮世絵と言えば、何よりも美人画で、目を見張るような素晴らしい作品が多くて中々目を離せなかった。
   口絵は、喜多川歌麿の「三味線を弾く美人図」で、芸者か浄瑠璃を語る娘浄瑠璃のようだが、右手で三味線を弾きながら左手で糸巻を回して音締をしている。
   面白いのは美人の左側の余白に5人の狂歌師の彼女への片思いの狂歌が書かれていることで、とにかく粋で洒落ている。
   勝川春章の素晴らしい岩井半四郎を描いたと思われる「石橋図」や純白の象に乗る遊女の「見立江口の君図」、宮川長春の鼈甲の櫛で黒髪を梳かす「縁台美人図」等を筆頭に単独の美人を描いた豪華な絵は、色々物語を語りかけてくれているようで興味をそそられる。

   この美人画のモデルは、遊里の花魁や遊女などが多く、このような女性達が最新の髪型や着物のファッションを生み出してリードし、ニューモードの彼女達や歌舞伎役者を描いた浮世絵を富山の薬売りが付録として持ち歩いて全国に伝わった。「今江戸では、この様な髪型が流行っています」等と言って世間話をしながら薬を置いていったのであろう。

   美人を描いた集合図や連作なども中々面白いが吉原などの遊里や芝居小屋、風俗図などの人々の集合体を描いた屏風絵など大型の絵画に興味深い作品が多い。
   菱川師宣の「芝居町・遊里図屏風」は、金雲なびく豪華な絵で、最高位の遊女・太夫が夕方禿を連れて大通りを揚屋に向けて練り歩く様子を、高嶺の華とポカンと口を開けて見とれる男達の姿、揚屋の贅を極めた内部や遊興に耽るお大人、格子の中の女たち等々当時の遊里の様子を描いている。また、中村座の舞台や楽屋裏、木戸口や平土間の観客達なども克明に描かれていて、当時の歌舞伎座の雰囲気が偲ばれて興味深い。
   同じ様に、宮川長春の「吉原風俗図屏風」では、高級妓楼三浦屋の優雅な座敷の様子を格子ごしに描いたり、隣の一寸格の下がる妓楼から隠れ潜んだ遊客が表を通る禿を連れた太夫の道中を暖簾越しに見ている様子など、華やかな花魁達の道中と見とれる客などを描いていて見ていて飽きさせない。

   怪奇な世界を描いた菱川師宣の「変化画巻」や鳥山石燕の「百鬼夜行図巻き」。歌川豊国の「三代目中村歌右衛門」をはじめとした歌舞伎役者達の浮世絵。
   面白かったのは、鳥文斎栄之の「見立三酸図」で、酸の入った大きな壷を囲んで楊貴妃と小野小町と江戸の遊女の3人の美女を描いた絵で、気の所為か遊女が一番魅力的であった。
   
   この展覧会で興味深かったのは、葛飾北斎作品が異彩を放っていたことである。
   北斎は、印象派に強烈な刺激を与えた富嶽三十六景の「神奈川沖浪裏」や実に表情豊かな人々の姿を描いた「北斎漫画」の画家だが、今回、素晴らしい美人像を描いた「鏡面美人」や「大原女図」の他に、端午の節句に魔よけの為に靡いていた大幟に描いた木綿地朱幟絵「朱鍾馗図幟」の中国画のような豪快な絵、袱紗に描いた絹本着色の「唐獅子図」、斬新なデザインの華麗な「鳳凰図屏風」、「李白鑑瀑図」や「月下猪図」のような掛幅などユニークな絵が展示されていて面白い。
   しかし、特に目を引くのは、提灯絵「龍虎」と「龍蛇」の二つの提灯である。
   ボストンに保存されていた時には、提灯絵を外して二巻の画巻に貼り付けられていたのだが、これをエサフォームで提灯の形を作って張り合わせて提灯にして展示されている。中々動きのある豪快な絵で素晴らしいが、残念ながら和製の提灯ではないので灯が入らないので雰囲気が出ないのが惜しい。
   しかし、とにかく、北斎の多才さと巧みな画業を垣間見た気がして面白かった。

   晩秋の午後、じっくりと華麗なボストン美術館の美人画等を楽しませてもらったが、このボストンもそうだが、私の良く通った大英博物館の倉庫にも、日本の貴重な美術品が沢山眠っていると言う。
   明治初年の流出と太平洋戦争でわが日本民族の誇る文化遺産が随分、消えていってしまっている。国民は賢くなければならないとつくづく思わざるを得なかった。

   
   
   
      
 
   
コメント
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