熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

中国の電気自動車・・・正に、破壊的イノベーション

2011年11月22日 | イノベーションと経営
   中国の電気自動車については、バフェットが投資しているBYDが先行していると言う話は聞いていたが、「決別―大前研一の新・国家戦略論」に書かれている中国のドラスティックな「電気自動車の普及支援策」を読んで、クレイトン・クリステンセンの「イノベーターのジレンマ」を思い出した。
   今、中国では、北京、上海、長春、深圳、杭州、合肥の六つを個人向け新エネルギー車の普及モデル都市に指定して、個人が電気自動車やプラグイン式ハイブリッド車を購入する際に補助金を付けることとして、1台売れるごとに約60万円の補助金が、メーカーに入るので、対象車の販売価格は大幅に下げられ、更に、一部のモデル都市では、補助金を上乗せしたり、タクシーも公用車も補助の対象になるのだと言う。

   これが普及し標準化すると、中国全土に波及し、世界の自動車産業は、間違いなく中国がリードすることになると言うのであるが、興味深いのは、EUやアメリカや日本は、伝統的な自動車産業が強く、道路網やスタンドのネットワークなどがほぼ全国に固まってしまっているので、急速なキャッチアップは、無理だろうと言うことである。
   日米欧の自動車メーカーは、内燃機関を突き詰め、エレクトロニクスを駆使して精密で高性能なエンジンを創り上げて来ており、動力がエンジンからモーターに変れば競争力が失われてしまうわけだから、既存の自動車メーカーのエンジニアとしては、電気自動車には手を出したくないのが本音であり、どうしても一歩遅れがちになると言うのである。
   それに、最近、マツダが、帆船効果よろしく、ハイブリッド車に比肩する燃費効率の良いガソリンエンジン車を開発したと言うのであるから、持続的イノベーションにも、まだ、望みがありそうである。
   ところが、中国の場合には、今やっと、モータリゼーションの時代に入ったのであるから、いきなり電気自動車にシフトしても、失うものは何もない。
   車は、あくまで移動手段であり、モータリゼーションの歴史の浅い中国では乗り心地などを求める人など殆どいないであろうし、時速160キロも出れば十分で、ガソリンの半分の値段で目的地に到着できれば良いと言うのなら、そして、60万円の補助金が付くと言うのなら、まだ、世界標準が確立していない電気自動車の普及に傾くのは当然だと言う。

   日米欧の先進国の自動車産業は、成功して頂点を極めているが故に、現存の優良な顧客や膨大な設備等現状のビジネスモデルから撤退して、いくら有望だと言ってもすぐに電気自動車にはハンドルを切れないので、電気自動車と言う新規のイノベーションで追い上げてくるイノベーターに、早晩、凌駕されてしまうかもしれないと言う可能性が出て来た。
   これは、正に、かってのイノベーターであった既存の自動車産業が、持続的イノベーションを追求しながらも、まだ、未熟で高い電気自動車と言うローエンド・イノベーションからスタートして技術を磨き、破壊的イノベーションを推進して追い上げてくる中国のメーカーに、いつかは追い抜かれて凌駕されるかも知れないと言う、正に、クリステンセンが描いたイノベーターのジレンマの構図である。

   中国政府としては、否が応でも、電気自動車を普及せざるを得ない至上命令がある。
   世界第一位に躍り出た自動車大国として、このまま進んで行けば、深刻なエネルギー問題と環境問題に遭遇してしまって、中国そのものの存続自体が危機に立つ。
   特に、排ガスによる大気汚染の深刻さは致命的で、これ以上のガソリン車によるモータリゼーションの拡大の阻止は、正に、国是であり、この中国政府の意気込みと強力なインセンティブを考えれば、中国が電気自動車で、先行し、国際標準を取るのは、必然だろうと言うのである。

   三井物産戦略研究所の西野浩介氏によると「2010年9月の国務院常務会議での「戦略的新興産業の育成を加速することに関する決定」では、新エネルギー車を、次世代情報技術、バイオテクノロジーなどと並んで、7大戦略的産業の一つに位置付けた。並行して同年8月の「新エネ車産業発展計画(2011~2020年)」では、EV化を自動車産業転換の主要戦略とし、二次電池、モーター、電子制御技術を向上させて産業化を推進することを掲げ、国内のEV保有台数目標を2015年に50万台、2020年に500万台と設定した。これらを実現するために、政府はメーカーに対する開発支援を行うと同時に、「十城千輌」プロジェクト2などモデル都市における新エネルギー車の走行試験の実施、EVの購入補助、公用車への優先調達、充電インフラ整備などの施策を計画・実行中であり、そこに投入される資金は10年間で総額1,000億元(約12.5兆円)に上る。」と言うことである。

   中国の自動車の販売台数は、フォルクスワーゲンのトップは揺るがないにしても、2位は上海汽車、3位は長安汽車で、日本勢は勿論、GM,現代よりも上位にあり、電気自動車になれば、更に、モジュラー化が進んで、製造が簡単になり、下請けや部品メーカーなども簡略化され、ビジネスモデルがはるかにシンプル化されて、中国自動車産業のリバース・イノベーションの余地が、益々拡大して、競争力が強化されて来るであろう。
   それに、リバース・イノベーションの場合にも、プラハラードのBOT市場でのイノベーションでも、その時の最も先端を行くテクノロジーをターゲットにしてイノベーションが生まれ出るのは常識なのであるから必然でもある。
   もう一つの典型的なリバース・イノベーションは、インドの2000ドルの車タタナノであり、今や、アメリカに乗り込んでローエンド・イノベーションから出発してビッグ・スリーを凌駕したトヨタと違って、新興国市場自体の中で、ローエンドの、リバース・イノベーションが起こる時代であり、恐らく、ニッサンや三菱の電気自動車とは違った、ローエンドのもっとはるかに安くて便利な電気自動車が、中国で生まれ出てくるような気がしている。
コメント (1)
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