熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

富裕国の貧困層か貧困国の富裕層か

2014年07月22日 | 政治・経済・社会
   先日、ダニ・ロドリックの「グローバリゼーション・パラドックス」をブック・レビューしたが、この本で、興味深い論点が展開されていて、同じく先に論じた「老後の海外移住は幸せなのであろうか」とも非常に関係があって面白いので、考えてみたいと思う。
   それは、ロドリック教授が、ハーバードの授業で、学生に「あなたは貧困国の富裕層になりたいですか? それとも、富裕国の貧困層になりたいですか?」と質問して、その答えに面白いバイアスがかかっていると言うことである。

   まず、定義だが、豊かな人とは、所得分配上国内の上位10%に入っている所得層で、貧しい人とは、下位10%の所得層に入っている人である。
   そして、富裕国とは、総ての国を一人あたりの平均所得でランク付けした時に上位10%に入る国で、貧困国は、そのリストの下位10位に入る国である。

   学生たちは、途上国の富裕層が、運転する派手な高級外車や、その人たちの住んでいる大邸宅を見て知っているので、大半の学生は躊躇することなく、貧困国の富裕層に成りたいと返答する。
   しかし、これは間違った答えで、正しいのは、「富裕国の貧困層」であって、これには疑問の余地がないと言うのである。

   教授の持つ経済指標によると、富裕国の貧困層の平均所得は、貧困国の富裕層の平均所得の3倍以上であり、乳幼児死亡率など幸福に関するその他の点についても同様である。
   何故、学生たちが錯覚したのか、それは、BMWを乗り回したり豪邸に住んでいるのは超富裕層で、貧困国の総人口の0.01%にも満たないのではないかと言うことで、上位10%まで対象範囲を広げると、その所得水準は、富裕国の貧困層の大半が稼ぐ所得と比べても、僅かになってしまうのである。
   

   ここで重要なことは、今日のグローバル経済においては、所得格差も健康やその他の幸福に関する指標においても、国内よりも国家間の方がはるかに大きいことを示唆していると言うことである。
   産業革命が始まった頃には、富裕国と貧困国の所得格差は、2対1くらいであったのが、今や、20対1、最も豊かな国と貧しい国では、80対1にまで拡大している。
   富裕国と貧困国との溝は、前例にない深さにまで確実に広がっており、ラント・ブリッチェットによると、グローバル経済は、「大分岐」を経験したのだと言うことである。

   このグローバリゼーションのジレンマと言うかパラドックスについては、ロドリックは、この本で詳細に論じているのだが、本稿の論点と外れるので、これ以上触れない。
   問題にしたいのは、先の「老後の海外移住は幸せなのであろうか」と言う論点との絡みで、「年金だけでも優雅に暮らせる老後の海外移住」と言う甘い言葉に乗って「海外経験なし! 老後に日本を脱出しても大丈夫か」と言った気持ちで、移住することが良いのかどうかと言うことを、もう一度考えてみようと言うことである。

   ”移住先として人気があるのは、タイ、マレーシアといった東南アジアの国々。生活費目安は月10万円ほどで、一般市民は5万円ほどの月収で暮らしている。・・・アジア並みに物価が安いのは中南米諸国、それ以外では北アフリカのモロッコ・・・”と言うことだったら、生活費が安いので、「年金だけでも優雅に暮らせる老後の海外移住」が出来ると説得されると、普通の人は、それでは、倍の20万円くらいは生活費にまわせるので、御の字だと考えてしまう。
   この移住先として考えられている国は、ある程度の発展段階に達した新興国と言うことになるので、ロドリックの言う最貧国の理論は成り立たないのだが、いずれにしろ、年金生活者の日本の老年夫婦は、移住すれば、現地の人びとよりもかなり裕福な生活が出来て、日本で生活するよりも、経済的には生活が安定するだろうと考えてしまう。

   ところが、現実には、何処の国に移住しても、新興国では庶民の大半は貧しくて、その国でかなり豊かな上流生活をしようと思えば、ロドリックの説くように、国民の0.0数%と言った超富裕層でないとダメであろうと言うことである。
   まして、日本より発展段階でも経済的にも劣った新興国で、安心安全で幸福度が高く何の心配もない日本での生活程度や生活水準を期待して生活しようと思えば、遥かにコストがかかることは必定で、それさえも殆ど期待出来ないかも知れないのである。
   尤も、購買力平価で考えると、名目GDP表示よりも大分高くなって、経済的には好転するのだが、私が問題にしたいのは、生活の利便性など幸福度の著しい落差で、まず、この失望度が大きいであろうと言うことである。

   私自身は、「年金だけでも優雅に暮らせる老後の海外移住」などと言って「海外経験なし! 老後に日本を脱出しても大丈夫か」などと考えるのは、愚の骨頂だと思っているので、
   住み慣れた故郷で生活することが一番幸せなことであり、海外に行きたければ、故郷を基地にして、旅行するなり、短期滞在を行えばよいことで、安心安全をベースとした心の故郷とも言うべき日本の住居を大切にして、老後の生活設計を立てるべきだと思っている。
   

   さて、新興国の経済発展だが、移住先として有望だと鳴り物入りで喧伝されているタイやマレーシア、それに、BRIC'sの雄中国でさえ、中所得国の罠に陥って、経済成長が頓挫する心配さえ論じられており、現在、隆盛で魅力的であっても、一寸先は闇で見通しがつかない筈である。
   その上に、穏やかだったタイが、暴動やデモで荒れに荒れ、マレーシアが2回の不可解な飛行機事故で海外からの旅行者が激減しており、中国の対日政策の異常などを考えても、いずれもカントリー・リスクが高く、安易な気持ちで、海外経験もなくカルチュア・ショックの洗礼も受けたことない年金だよりの老年が、喜んで移住すべきところであろうか、と考えざるを得ないのである。
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