熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

リー・ブランステッター:イノベーションを阻むもの

2019年03月20日 | イノベーションと経営
   日経の18日の「経済教室」で、リー・ブランステッター教授の、”イノベーションを阻むもの 戦後システムの名残一掃を”という記事が掲載された。
   日本の過去の輝かしい実績も現在の苦境も原因は一つ、日本企業の経営慣行と政府の政策が一体となりイノベーションを生み出すシステムを作り上げてきたが、これは、先進国の技術に追いつこうとする時期にはよかったが、画期的なイノベーションのゼロからの創出には適していなかった。というのである。

   最初に指摘するのは、画期的なイノベーションをグローバル市場に投入するのは、多くは新しく誕生したスタートアップ企業だとして、クリステンセンの「イノベーターのジレンマ」の推移を説いて、この新規参入成功企業の過激なイノベーションの展開する時期も永遠に続かず、イノベーションの焦点も、大胆なものから漸進的な改善へと移る。と説く。
   クリステンセンの創造的破壊のイノベーションも、ローエンドから参入した破壊的イノベーターが市場を席巻して、この成功企業も同じように、イノベーターのジレンマに陥って持続的イノベータ―となると想定していると思われるので、破壊的イノベーションと持続的イノベーションを繰り返しながら経済が発展して行くと考えてよかろう。

   ここで問題は、米国のようにイノベーションが活発な国では、ある産業が漸進的な変化の時期に移行すると、別の産業が急激な変化の時期に突入して、多数のスタートアップが市場に参入して、大胆な実験に果敢に取り組むパターンが次々に生み出されてくる。
   しかし、日本の場合には、大企業有利・終身雇用など、戦後システムの名残が邪魔して、このシステムの起動を妨げている。というのである。
   この破壊的イノベーション創出を誘発するためには、新規参入企業の革新的なアイデアの保護(強力な特許権)を保障し、実験継続に必要な多額の資金調達(ベンチャー・キャピタル)を容易にし、高度な専門知識を持つ科学者、技術者、管理職の既存企業からの採用を可能にするような制度や政策、特に、人材の流動性が、必須だと言うのだが、日本は、まだ、そのような環境下には程遠い。

   ブランステッターは、日本の戦後期のイノベーション創出システムから説き起こして、その継続が、いかに、日本経済の成長要因を阻害しているかを説いている。
   まず、終身雇用制度が、大企業の男性正社員に盤石の雇用安定性を保障してこれに安住させ、金融制度もVCには向かず、特許制度も範囲が狭いなど、日本のイノベーションには、既存の企業が有利になるバイアスがかかることになっていた。すなわち、イノベーターのジレンマで、持続的イノベーションしか追及できなくなる体質が出来上がってしまっていると言うことであろうか。
   それに、地位を確立した企業は、漸進的な進化に有利な経済条件下におかれていた。低い労働コストと安い円の恩恵を受けて、画期的なイノベーションを目指すよりも低いコストで早く効果が上がる製造業に集中することが理にかなっていた。
   既存製品を、技術深堀りの持続的イノベーションを追求して、価格と質の国際競争で打ち勝って世界市場を席巻したのを、日本経済の実力だと過信して浮かれてしまったが、世界の経済リーダーとして、破壊的イノベーションを追求できなかったので、新しく渦巻いたICT革命とグローバリゼーションの大潮流にキャッチアップできずに翻弄されて、後塵を拝する以外にどうしようもなかったと言うことであろうか。
   また、大学が学部生の教育が中心で、大学院教育や基礎研究に力を与えず、最先端の技術を新しい産業に生かすことに向いていなかった。ということも、悲しい事実で、
   互換性の利く働きバチのスペアパーツばかり育成して、肝心のイノベーターやリーダーを育成してこなかったと言うことであろう。

   日本の既存の大企業は、今や、イノベーションで上回る米企業と低コストで優位にあるアジアの企業との挟撃にあって苦境下にありながら、仮に日本でグーグルが生まれたとしても、衰退する既存企業にとって代わるのが非常に難しいことで、まして、米国では一流の優秀な学生が行きたい企業は60年代と様変わりなのに、日本では殆ど変わっていないことだと指摘している。
   この日本の学生が就職したい企業ランク一覧を観て愕然としたのは、既に、何回も潰れかかって窮地に立った既存企業など、レッドオーシャンの最たるゾンビ企業紛いの企業に人気が集中していたことで、これでは、日本の将来は非常に暗いと書いたことがある。
   海外留学生の激減と、同時に、勉強しなくなった学生の動向と、トインビーの挑戦と応戦スピリットを失いつつある子供たちの将来を思うと、
   欧米何者ぞと、欧米のトップ大学を目指して雄飛し、地球を駆け回って切った張ったと奮闘努力していた我々の血と汗と涙のグローバル競争時代が、無性に懐かしくなってくる。

   日本政府も、特許制度の強化や大学改革、VCシステムの導入等努力してきたが、一国のイノベーション創出システムに、既存の大企業が有利になるバイアスや漸進的進化を好むバイアスがいったん根付くと、根こそぎにすることは極めて難しく、システムを構成するすべての要因が共進化し、相互適応と相互強化を重ねてきたために、必要な変化にしぶとく抵抗している。
   システムが強固となった今日、終身雇用制度の名残を完全に排除しない限り、どんな手を打っても、頑強なイノベーション創出システムは改革できない。と結論付けている。

   結局、日本経済そのものが、イノベーターのジレンマ状態に陥ってしまっていると言うことで、創造的破壊を来すためには、戦後体制に雁字搦めに呪縛されている日本の政治経済社会システムを、ガラガラポン、リセットする以外にないと言うことであろうか。

   私自身は、ブランステッター教授の指摘には、殆ど異存はないが、根本的には、日本人のメンタリティとスピリットの問題が最も重要だと思っている。
   先に記したように、学生の就職人気企業が、大半、将来性を期待できないブルーオーシャンの既存大企業だと言うことは、学校も親族も、そして、社会全体も、そのような価値観で、子供を教育していると言うことを意味しており、「敵は幾万ありとても」というリスクを背負ってでも戦い抜くと言う、挑戦に応戦する敢闘精神を取り戻さなければ、イノベーション精神どころか、日本の将来さえ、非常に危ういと言うことである。
   明治維新で、そして、終戦復興で、燃えに燃えた日本人魂の再興を目指した政治経済社会システムの再構築が必要だと思うのだが、それなりに豊かに成って太平天国にドップリト浸かってしまうと、「アクセクすることもない、もう、これでいいか」と思って安住してしまっているということであろうか。

   とにかく、リー・ブランステッターに、ここまで言われたくないのだが、Japan as No.1で破竹の勢いで成長街道を驀進していたわが日本が、鳴かず飛ばず、イノベーションを忘れたカナリアに成り下がって、普通の国になってしまったことは事実で、頑張らなければ日本が廃ると思っている。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする