場所を移して、新しい日経ホールで上演された白石加代子の「源氏物語」だが、今回は、あの絶世の色男でドンファンの光源氏を振った女特集と言うわけで、サブタイトルも、「届かなかった恋の数々 白石加代子がお届けする極上のエンターテインメント」と思わせぶりで、いつもの七色の声で老若男女取り混ぜて器用に演じ分ける天性の役者白石加代子の一人芝居が更に冴えわたって非常に面白かった。
いつもは、かたい経済や経営、政治などの講演会やセミナーで通っている日経ホールなので、ガラリと変わった夜の演芸の舞台には一寸違和感があったが、音響効果はともかく、比較的どの席からも良く舞台が展望できるこじんまりとした良い劇場だと思う。
さて、この白石加代子の源氏物語だが、単なる瀬戸内寂聴の現代語訳源氏物語の朗読ではなく、沢山の扇を、大道具や小道具、あるいは、舞台のバックシーンなどとして使用しているので、黒衣の後見役浜恵美さんたちが、ストーリーの展開に応じて移動させ、朗読の白石も、源氏物語の女になったような衣装を器用に使い分けながら、役者として色々な役どころを演じて見せるので、一人芝居に近い。
ナレーションのパートは、朗読だが、源氏や女主人公などの台詞になると、中村メイコばりの七つの声で豊かなキャラクターを実にビビッドに演じ分け、それに、たとえば、艶めかしい濡れ場などになると、源氏の良くやる”女人にに近々と身を寄せて添い臥しする”様子なども上品に演じてみせるなど、実に表情豊かな舞台を見せてくれる。
とにかく、源氏の舞台は、源氏が女人に近づいてものにするラブ物語がメインテーマであるから、全編、艶めかしいのだが、今回は、空蝉の巻で、若い源氏が方違えで空蝉のいる紀伊守宅に逗留するのだが、源氏が、”閨のほうのご馳走はどうなっているの”と夜の接待を催促するところの貝の話などは、白石も意味深に語っていたが、蜷川の「夏の世の夢」で演じていた女王タイターニアのように、結構色っぽくてエロチックなのだが、いずれにしろ、白石の色物語は、非常に品の良いオブラートに包んだ上品な香りがして、そのニュアンスが素晴らしいと思っている。
後半の玉蔓などは、若い田舎娘からの登場なので髪の長いおかっぱ頭で登場するのだが、それ以外に、玉蔓の巻で、源氏が新年の祝いに女たちに、夫々衣装を見立てて与えるところでは、衣装の色や文様などを扇型にえがいた大型の正方形のパネルを使用したり、オカメ顔の近江の君は、黒子に顔を描いた扇を顔につけさせて舞台や客席を移動させたりするなど、多少演出に工夫を加えてはいるが、ムードのある音楽や豊かなバリエーションに富んだ照明が活躍して、舞台に奥行と幅を持たせており、シンプルだが、新しいパーフォーマンス・アートとしての魅力と冴えは、流石である。
玉蔓と兵部卿宮との逢う瀬の最中に、源氏が忍び寄って来て、蛍を沢山薄衣に包んで光が漏れないよう隠して置いたものをいきなりぱっと放つシーンがあるのだが、この舞台では実に幻想的で美しい舞台を現出していて面白かった。
ところで、まず、空蝉だが、前述した紀伊守宅で17歳の源氏に忍び込まれて契るのだが、その後は、何度もモーションをかけてくる源氏を徹底して拒み続けて、一度は薄衣だけを残して逃げ去るので、空蝉と言う名前で呼ばれている。
美人ではないのだが非常に学があって聡明かつ上品で慎ましやかで、それに、しがない老年の伊予守の後妻と言う立場だが、私は、その境遇が良く似ているので、この空蝉は、紫式部の分身ではないかと思っている。
そうすると、天海祐希主演の”ひかる源氏物語 千年の恋”で、吉永小百合の紫式部が、せまってくる渡辺謙の道長を拒み続けるシーンとダブって見えてくるのだが、この源氏物語は、紫式部が家庭教師をしている中宮彰子の父親道長も読んでいる筈であり、かつ、この巻が源氏物語の冒頭に近い部分でもあるので、紫式部と道長とに関係があれば別だが、一寸、辻褄が合わない気がするのだが、などとつまらないことを考えてしまった。
同じ源氏を振っても、空蝉は、一度は関係を持ったので、少しニュアンスが違って来るのだが、朝顔と玉蔓は、完全に源氏を拒否(?)し続けて、一度も、源氏は、その思いを遂げていない。
玉蔓に至っては、頭中将と夕顔の子供なのだが、秘して自分の娘として引き取って育てながら、紫の上に匹敵する魅力的な美女に変身して来たので、親でありながら、「あなたのお母さんとの見境がついついつかなくなってしまって」とか何とか口から出まかせを言って不埒にも迫りに迫るのだが、結局は、玉蔓は、弁のおもとの手引きで忍び込んだ一番嫌っていた髭黒右大将にさらわれてしまう。この玉蔓には、実の弟である柏木が、それを知らずに恋文を送り続けるなど、玉蔓、螢、藤袴等々、結構多くの巻に話が展開されていて興味深いのである。
朝顔は、光源氏の従妹と言う高貴の姫君であり、源氏も思いを寄せ、朝顔も源氏を思っていたが、葵上に先を越されて、その後は、光源氏の女遍歴があまりにも酷いので、拒み続けてプラトニックラブを押し通して独身のまま仏門に入ったと言う。
先の空蝉も、最後は出家して源氏が面倒を見るのだけれど、寂聴さんが言うように、宗教心があったとは思えないが、仏門に入った女性には、いくら好色な源氏でも一切アタックしなかったと言うので、源氏の恋も、ここで終わっている。
また、恐れ多くも、義母であり天皇の后・中宮藤壺との間に不義の子・後の冷泉帝をもうけて、尚且つ、迫り続けるので、とうとう耐えかねた藤壺も出家すると言うのであるから、光源氏のドンファンぶりは、フィクションと謂えども古今東西群を抜いている。
いずれにしろ、源氏物語、そして、白石加代子の語り演じる物語は、実に面白くて楽しい。
(追記)口絵写真は、ビラから転写借用。
いつもは、かたい経済や経営、政治などの講演会やセミナーで通っている日経ホールなので、ガラリと変わった夜の演芸の舞台には一寸違和感があったが、音響効果はともかく、比較的どの席からも良く舞台が展望できるこじんまりとした良い劇場だと思う。
さて、この白石加代子の源氏物語だが、単なる瀬戸内寂聴の現代語訳源氏物語の朗読ではなく、沢山の扇を、大道具や小道具、あるいは、舞台のバックシーンなどとして使用しているので、黒衣の後見役浜恵美さんたちが、ストーリーの展開に応じて移動させ、朗読の白石も、源氏物語の女になったような衣装を器用に使い分けながら、役者として色々な役どころを演じて見せるので、一人芝居に近い。
ナレーションのパートは、朗読だが、源氏や女主人公などの台詞になると、中村メイコばりの七つの声で豊かなキャラクターを実にビビッドに演じ分け、それに、たとえば、艶めかしい濡れ場などになると、源氏の良くやる”女人にに近々と身を寄せて添い臥しする”様子なども上品に演じてみせるなど、実に表情豊かな舞台を見せてくれる。
とにかく、源氏の舞台は、源氏が女人に近づいてものにするラブ物語がメインテーマであるから、全編、艶めかしいのだが、今回は、空蝉の巻で、若い源氏が方違えで空蝉のいる紀伊守宅に逗留するのだが、源氏が、”閨のほうのご馳走はどうなっているの”と夜の接待を催促するところの貝の話などは、白石も意味深に語っていたが、蜷川の「夏の世の夢」で演じていた女王タイターニアのように、結構色っぽくてエロチックなのだが、いずれにしろ、白石の色物語は、非常に品の良いオブラートに包んだ上品な香りがして、そのニュアンスが素晴らしいと思っている。
後半の玉蔓などは、若い田舎娘からの登場なので髪の長いおかっぱ頭で登場するのだが、それ以外に、玉蔓の巻で、源氏が新年の祝いに女たちに、夫々衣装を見立てて与えるところでは、衣装の色や文様などを扇型にえがいた大型の正方形のパネルを使用したり、オカメ顔の近江の君は、黒子に顔を描いた扇を顔につけさせて舞台や客席を移動させたりするなど、多少演出に工夫を加えてはいるが、ムードのある音楽や豊かなバリエーションに富んだ照明が活躍して、舞台に奥行と幅を持たせており、シンプルだが、新しいパーフォーマンス・アートとしての魅力と冴えは、流石である。
玉蔓と兵部卿宮との逢う瀬の最中に、源氏が忍び寄って来て、蛍を沢山薄衣に包んで光が漏れないよう隠して置いたものをいきなりぱっと放つシーンがあるのだが、この舞台では実に幻想的で美しい舞台を現出していて面白かった。
ところで、まず、空蝉だが、前述した紀伊守宅で17歳の源氏に忍び込まれて契るのだが、その後は、何度もモーションをかけてくる源氏を徹底して拒み続けて、一度は薄衣だけを残して逃げ去るので、空蝉と言う名前で呼ばれている。
美人ではないのだが非常に学があって聡明かつ上品で慎ましやかで、それに、しがない老年の伊予守の後妻と言う立場だが、私は、その境遇が良く似ているので、この空蝉は、紫式部の分身ではないかと思っている。
そうすると、天海祐希主演の”ひかる源氏物語 千年の恋”で、吉永小百合の紫式部が、せまってくる渡辺謙の道長を拒み続けるシーンとダブって見えてくるのだが、この源氏物語は、紫式部が家庭教師をしている中宮彰子の父親道長も読んでいる筈であり、かつ、この巻が源氏物語の冒頭に近い部分でもあるので、紫式部と道長とに関係があれば別だが、一寸、辻褄が合わない気がするのだが、などとつまらないことを考えてしまった。
同じ源氏を振っても、空蝉は、一度は関係を持ったので、少しニュアンスが違って来るのだが、朝顔と玉蔓は、完全に源氏を拒否(?)し続けて、一度も、源氏は、その思いを遂げていない。
玉蔓に至っては、頭中将と夕顔の子供なのだが、秘して自分の娘として引き取って育てながら、紫の上に匹敵する魅力的な美女に変身して来たので、親でありながら、「あなたのお母さんとの見境がついついつかなくなってしまって」とか何とか口から出まかせを言って不埒にも迫りに迫るのだが、結局は、玉蔓は、弁のおもとの手引きで忍び込んだ一番嫌っていた髭黒右大将にさらわれてしまう。この玉蔓には、実の弟である柏木が、それを知らずに恋文を送り続けるなど、玉蔓、螢、藤袴等々、結構多くの巻に話が展開されていて興味深いのである。
朝顔は、光源氏の従妹と言う高貴の姫君であり、源氏も思いを寄せ、朝顔も源氏を思っていたが、葵上に先を越されて、その後は、光源氏の女遍歴があまりにも酷いので、拒み続けてプラトニックラブを押し通して独身のまま仏門に入ったと言う。
先の空蝉も、最後は出家して源氏が面倒を見るのだけれど、寂聴さんが言うように、宗教心があったとは思えないが、仏門に入った女性には、いくら好色な源氏でも一切アタックしなかったと言うので、源氏の恋も、ここで終わっている。
また、恐れ多くも、義母であり天皇の后・中宮藤壺との間に不義の子・後の冷泉帝をもうけて、尚且つ、迫り続けるので、とうとう耐えかねた藤壺も出家すると言うのであるから、光源氏のドンファンぶりは、フィクションと謂えども古今東西群を抜いている。
いずれにしろ、源氏物語、そして、白石加代子の語り演じる物語は、実に面白くて楽しい。
(追記)口絵写真は、ビラから転写借用。