
撫順の中心街にほど近い礦務局駅にて濃いぃ風貌のレールバスをさっそく目撃して狂喜したのも束の間……その後しばらく待っていても、複線の線路をフルに活用してゴロゴロやって来るだろうと想像していた石炭列車や貨物列車は全然姿を現しませんでした。(-_-;;)
そこで「これは運行頻度にムラでもあるのだろうか。そうでなければ都合によりごっそりとウヤとか……」と思いまして、あっさりと礦務局鉄道を一旦後にしまして、東西に細長い撫順市街の西の外れにある製鉄所へ向かいました。まぁ、貨物列車の運転があてにならないのは万国共通なのでしょう。これでめげていては貨物列車趣味なんてやっていられないというものです (^^;
どこまで乗っても1元 (約15円) のボロバスに乗ること20数分、出番待ちのバスがゴロゴロしている折返場からさらに場末っぽい埃だらけの通りを西に向かいますと……ありました、引き込み線が製鉄所に吸い込まれる位置の踏切が!
さっそく遮断棹の外側から撮影に取りかかりますと……数台のSLがひっきりなしにゴツい製鉄所専用貨車 (詳しいことはよく分からないのですが、熔滓車と呼ぶのでしたっけ……?) を入れ換えるという、実に愉快痛快極まりない光景が展開されていました!

そして、この機関車 (上游型) こそ、かつての満鉄・鮮鉄機関車の傑作「ミカド型」の末裔にして、何と90年代末まで大量に生産され続けたというSLなのです (現在でも生産されているという説もあり)。
ミカド型 (中国では直訳して天皇型と呼ばれています) は、満鉄が当初アメリカから輸入した1-4-1軸配置のSLの総称で、その後日本の車両会社や満鉄工場において様々なバージョンが大量に生産されました。
その中でも最も代表的なものは本線用貨物機「ミカイ」(イ=1)で、その後1950年代に製造された中国製のコピーも含めて「解放型」となりました。さらに、これの改良バージョンが「建設型」として80年代末まで量産されましたが、現在では激減の一途……。
いっぽうこの「上游型」は、支線用貨物機「ミカロ」(ロ=6) をモデルとして改良を加えたもので、唐山の車両工場で1600~1700両も製造され、とにかく使い勝手が良いとのことで、中国の国鉄営業列車からはSLが消滅した現在でも、数多くの鉱山・工場などで使用されています。もちろん、それも減少の一途であり、数年後にはどうなるか全く分かりませんが……。(ちなみに「上游」の由来は、かつてアノ毛沢東が中国の社会主義化に向けてハッパをかけるために唱えたスローガン「鼓足幹頸、力争上游 (大いに踏ん張って頑張って、より高い生産レベルを目指せ、という意味)」によります。さすが革命国家は違いますな ^^;;)
ともあれ、実は意外なところで日本の鉄道技術のDNAが受け継がれていると言える中国のSL……(ちなみに、巨大な5軸の動輪が圧倒的な印象の「前進型」は、ソ連製ФД (FD) 型をモデルに製作され、「和平型」「反帝型」とコロコロ名前が変わって「前進」に落ち着きました ^^;)。実は、かつてあちこちでゴロゴロ走っていた頃に貧乏旅行をした際には、私自身が日本のSL末期を知らない世代であることに加えて当時「非鉄」であったことからほとんど興味も起こらず、せいぜいたまたま見かけた解放型や建設型を数カット撮っただけでした (^^;;;)。しかし、いまこうして目の前で展開される入換絵巻を眺めていますと、ミカドの末裔がこうして放っている凄まじいエネルギーに呑み込まれずにはいられなくなります (爆)。
そして……一番凄絶だったのは、鉄鉱石を満載した数十両の貨車をプッシュしていた上游が、その重さに耐えきれず「グガガガガーン!」という大音響を発しながら目の前で激しく空転したことです! そのとき上游が見せた動輪やロッドの猛回転に……私は完全に悩殺されてしまいました (*^^*)。今頃になって地味~に産業用として生き延びている中国SLの魅力に取り憑かれてしまうとは……。