地味鉄庵

鉄道趣味の果てしなく深い森の中にひっそりと (?) 佇む庵のようなブログです。

伊賀甲賀忍び鉄 (2) 信楽高原鉄道の旅

2008-04-06 11:51:55 | 地方民鉄 (近畿)


 先日はひたちなか海浜鉄道の発足を言祝いだ当ブログですが、他にも健気に頑張っている路線を応援したいと思う今日この頃、昨年秋の関西出張鉄特集の続きがたまっていることもあり (^^;)、ここでアップしてみることにしましょう。
 草津駅前に連泊した際、最終日は草津線の一番列車で関西線方面に抜けたのですが (その模様はこの連載の次回以降に)、中日は二番列車 (117系6連) スタートで、国鉄信楽線あらため信楽高原鉄道の初乗車を楽しんでみることにしました。ここは首都圏在住の「鉄」が関西を訪れても見落としてしまいがちな位置にありますので (関西エリアから陶器の里・信楽を訪ねる際にも、石山駅からのバスの方が一般的かも)、草津宿泊を活かす上で最優先の訪問地という位置づけです!
 貴生川駅は、前日近江鉄道から草津線に乗り換えた際に下見済みだったのですが、いざ草津線ホームと信楽高原鉄道ホームのあいだに設けられた「周りに柵がない自動改札」を目にしますと、かなりミョーな感覚にとらわれます (笑)。お目当ての信楽行き1番列車は既に到着しており、この列車から降りてきた高校生たちが跨線橋を渡って近江鉄道ホームへ向かうところでした。朝方の列車は、最大の顧客である高校生を草津線・近江鉄道方面に運ぶため2両編成ですが、信楽行の列車が混むはずもなく、1ボックスを悠々と占拠して出発進行! 進行方向左側に座りますと、ただでさえグイグイと急勾配を登るにつれて展開する大パノラマが、前日の大雨も災い転じて福となす……という感じで絶妙な雲海に!! その余りにも神秘的な風景に「高原鉄道という看板に偽りはなかった!」と思わずにはいられませんでした (乗るまでは「京都や奈良の近くなのにどこが高原なの?」と思っていたのですが……関西の地理には暗くてスミマセン ^^;)。



 ところで信楽高原鉄道といえば、1991年の陶芸祭にあたりJRWからの直通列車を運行するため、急勾配の途中に信号所を設け、キハ28・58と信楽高原車の各4~5両編成で殺到する客をさばこうとしたところ、閉塞に失敗して死者多数の正面衝突事故を起こしたのは記憶に新しい (?) ところです。しかし、事故から年月が経ち、信号所があった場所も草に埋もれて周囲と見分けがつかなくなり、とくに事故現場で減速してタイフォンを鳴らすわけでもありませんでしたので、心の中で哀悼の意を……と思っても、知らない間に現場を通過してしまい、タイミングを逃しました。今はただ、紫香楽宮跡から先の各駅に掲げられている「鉄道安全宣言の町」と書かれた看板や幟が、そんな事故の歴史をひっそりと物語るかのようです……。
 それはさておき、紫香楽宮跡駅 (というか無人の停留所) から先は、それまでの険しい地形が一変、の~んびりとした山里の景色となり、駅に着くたびに何だかホッとします。多分、それまでのノンストップの上り坂ではエンジンが唸りっぱなしで緊張の連続だったことの裏返しなのかも知れません (^^;)。やがて進行方向右側に車庫が見えると信楽に到着! 普段は使用していない2番線での撮影許可をお願いし、うまい具合にSKR300・310形2連の編成写真をゲット! (^O^) また、開業以来のLE-DCの生き残り・SKR205も、庫内ではなく2番線で休息中でしたので、朝霧に煙る森をバックに形式写真を撮影できて大満足!! 今回は時間の都合ですぐに切符を購入して貴生川・草津へと戻ったのですが、そのうち信楽の街ものんびり散歩しつつ、中間駅の周辺で撮り鉄してみたいなぁと思っています。