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ミステリ感想-『半落ち』横山秀夫

2007年08月19日 | ミステリ感想
~あらすじ~
「妻を殺しました」。現職警察官・梶聡一郎は、アルツハイマーを患う妻を殺害し自首した。
動機も経過も素直に明かす梶だが、殺害から自首までの二日間の空白だけは頑なに語ろうとしない。
梶が完全に落ちないのはなぜなのか。梶が死を捨て生を選んだ理由とは。


~感想~
数々の賞を総なめにし、映画化もされ、また直木賞との訣別ともなった問題作。
横山作品は巧い。その巧さだけでも8点以下をつけるのが非常に難しいほど。
渦中の梶の視点を描かないことで、逆に梶の人物を鮮烈に浮かび上がらせる構成、章ごとの語り手の人生と決断。悪役(憎まれ役か)こそ類型的で深みに乏しいが、それ以外の人物には残らず血が通い、物語に厚みを生み出している。
最後の最後までひっぱった空白の真相は、つい先日読んだ作品と題材がかぶってしまいちょっと拍子抜けだったが、そこに至るまでの過程だけでも十分に読ませる。
人は誰もが自分の人生の主役であり、それぞれの物語を抱えている。そんな当然の、当然ながら最も難しいことを描いて見せた傑作。


~蛇足~
本作は数々の賞を受賞し、当然のごとく直木賞にノミネートされた。しかし選考委員に欠陥を指摘され落選した。(その欠陥がなんなのかは完全にネタバレなので検索してください)
さらに選考委員だった林真理子氏が講評の記者会見で「欠陥に気づかず賞を与えた業界も悪い」とミステリ業界を、のちに雑誌で「欠陥があるのに売れ続けるなんて、読者と作者は違うということ」と読者をも批判したため、横山秀夫氏は激怒し直木賞との訣別を宣言した。
ちなみにその欠陥に最初に気づいたのは林真理子氏ではなく北方謙三氏であり、北方氏は「欠陥を指摘したがフィクションならばこだわる必要はない」と述べている。さらに北方氏は「記者会見は自分がやっておけばよかった」と当惑しており、この件は他者の見つけた指摘(しかも見つけた当人は問題視していない)をことさら大げさに騒ぎ立てた林真理子氏の完全な言いがかりであると思えてならない。


07.8.19
評価:★★★★☆ 9
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