鳥居民著草思社文庫、最後までようやっとの思い出で読んだ。毎ページ「賛成するにちがいななかった」、「ではなかったか」、「間違いのないところであった」、「なかったのであろうか」、「あったにちがいない」、「からであろう」という言葉で終わる文章を読ませられて嫌にならないほうがどうかしている。
しかし、いったん書き出したからお約束通り最後まで読んだわけ。
一つの推測として、言っているようなストーリーを組み立てることは出来るだろう。唯一無二となると難しいが。
そしてせいぜい10ページか20ページに収めることだ。それならインパクトもあった。それを200ページ近くに引き延ばし、全然関係のない(歴史としてはつながっているが、タイトルには直接関係のない)シナ事変初期の話や尾崎秀実のはなしで100ページもひっぱるのはね。感心しない。
これはもっとも草思社の編集の責任かもしれない。
それと気になるのはこれが鳥居氏の独自の見解かどうかということ。戦後60年以上の間には類似の研究はあったのではないか。
鳥居氏は三人の研究者のお世話になったと書いている。しかし、具体的に言及、引用していないのでどういうことか、読者にはわからない。ちなみに三人とはアルペロヴィッツ氏、仲晃氏、五百旗騎頭真氏である。
どこまでが鳥居氏の発想で、どの部分が先行研究者の見解なのか腑分けができない。
ま、そんなことに関係なく、言及している出来事から、あらためてあの戦争の感慨を新たにするであろう、人それぞれに。
アメリカとの戦争は昭和19年には終わっていた。昭和20年以降アメリカのやっていたことは戦争行為ではなく、ホロコースト犯罪であった。
日本国民民間人への焼夷弾爆撃(戦略爆撃という美名がある)で麻痺した道徳心の消滅から戦争終結に必要のなかった原爆投下までは、大量殺人犯が十人殺したあとは、あと何人でも同じだという神経(無神経)へのほんのわずかの飛躍だったのだろう。