そりゃおかしいぜ第三章

北海道根室台地、乳牛の獣医師として、この国の食料の在り方、自然保護、日本の政治、世界政治を問う

ほらやっぱり起きた

2007-07-18 | 原発と再生可能エネルギー

Kashiwazakikariwa_nuclear_power_plant 新潟中越沖地震で柏崎刈羽原子力発電所で50にも及ぶトラブルが確認された。当初放射能漏れがなかったと、官房長官談話があったが例のごとく、希望的観測の「なければいいな~」的電力会社の態度がこうした報告を生んだのであろう。

原発は、トイレのない高級マンションと言われているように、廃棄物放射能の処理はもとより、発電そのものが危険を伴うものである。3年ほど前に亡くなられた、自らは原発容認論者であるとしながらKashiwazakikariwa_nuclear_power_plant01 も、原発の危険性と極めてルーズな管理体制を告発された現場の技術者の方がいた。

原発はその性質上、メインテナンスにかかわる人物を、3年ほどで交換することになっている。それほど危険だということであるが、肝心なところの清掃などに関する熟練者がいないということでもある。現場で起きる事故の多くは、ものを忘れてきたり重要なところの清掃や確認作業がうっかりミスに近い状況で見過ごされているというのである。

原発建設当時には、活断層が確認されていなかったところでも、今では立派な活断層の上に建設されてしまっているものもある。市民団体が懸命に告発していたが、今回事故が現実のものとなった。活断層を確認する技術が上がったのである。今回の、柏崎刈羽がそうである。

所詮技術とはこんな程度である。もともと危険なものに「想定外」の理屈は当てはまらない。牛のBSEも同様である。想定外などでなく、本来の形を失った技術開発などどこかで破たんするものである。

東京電力は30%以上の発電を原発で賄っている。原発を失くすと、どうするかという論議になるが、発電の現状を否定できない。既成事実を作ってきた側に責任がある。「痛くないよー」と言いながら小児科の医師が、子供に痛い注射をするようなものである。本当は危険極まりないものであることがより一層確認できた。

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