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日本政府はポツダム宣言を受諾し、民間人を樺太からの引き上げた。その一方で、先日のNHKの「樺太地上戦 終戦後7日間の悲劇」は、樺太の日本軍はソ連の南下を防ぐよう命令を受けていたことが解った。日本は不可侵条約を締結しているソ連に終戦交渉の仲介を何度も打診していたが、スターリンは見事それを逆手にして8月9日の参戦と、8月15日以降の侵攻を続けてきた。満州や朝鮮や千島それに樺太にである。
留萌沖の三船の攻撃をもいまだにソ連・現ロシア政府は事実を認めていない。ソ連以外に戦闘行為をしていた国はなく、ソ連以外に潜水艦を保持している国はほかにない。魚雷を放ち浮上した潜水艦に白旗をあげて非戦闘表示もしているが、潜水艦は攻撃を止めなかった。攻撃意思もなく武器も持たない民間人に潜水艦の兵士は銃撃を行っている。2船が沈没し、留萌の浜に無数の死体が流れ着いた。留萌の漁民たちは攻撃の危険を顧みず、漁船を出し救助を活動を行っている。
事件の生き残りで遺族会代表の永谷保彦さんは毎年、この攻撃の事実を認めるよう外務省を通じてロシアに質問状を出しているが、なしのつぶてである。スターリンにしてみれば、この程度の惨殺行為は数限りなく行っている。敵国の1700名程度の死亡など意に介していなかったのであろう。千島列島の占拠と、北海道北半分の割譲をヤルタ会談で要求していたスターリンにしてみれば、些細な殺戮に過ぎなかったのである。
この三船殉難事件を風化させまいと、遺族会の人たちは高齢になりながら語り繋いでいる。遺族会代表の永谷保彦さんは、今年の慰霊祭を見届けると静かに旅立った。
民間人の船舶への攻撃は、対馬丸事件が知られたところであるが、それは終戦前で戦時中のことである。それとて国際法に違反する、非戦闘要員の攻撃で許されるべきではない。留萌沖三船殉難事件は、際立って不条理な事件である。戦争とはそうした行為をも容認する人間の所業である。