詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

ボルヘス「砂の本」(篠田一士訳)

2021-02-18 12:34:20 | その他(音楽、小説etc)
ボルヘス「砂の本」を読み始める。(再読)
篠田一士の訳。
篠田はスペイン語から訳したのかなあ。
私はときどきつまずく。
「会議」の、56ページ。
ノラ(略)は秘書の役をやめて、新顔のカルリンスキーが後をおそったが、(略)
この「後をおそった」は後を継いだという意味だろう。
鴎外の小説に出てくるような匂いを持っている。「襲った」と書けば「踏襲」ということばとなって意識化されるかもしれない。だから鴎外は漢字で書いていたと記憶する。(「破った」にも、それに通じる使い方があったと思う。鴎外の文章では。)
さて、篠田は「おそった」と訳したとき、ボルヘスのスペイン語に何を感じたか。「出典」をどう指し示すことができるか。
「会議」のテーマのひとつは本とことばである。
だからこそ、何語から訳したのかなあと気になるのである。

あと、日本語なら「私たち」のほうが自然なのに、「ふたり」と訳しているのも、妙に気になった。
スペイン語なら、たしかにlos dos かもしれないなあ、とは思うけれど。
コメント
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