中井久夫訳『現代ギリシャ詩選』読む(19)
「帰ってくれ」というタイトルは、なかなか難しい。二つの意味に取れる。ギリシャ語では、二つの意味になるかどうかわからないが、日本語では二つの意味になる。ひとつは、「もうここから帰ってくれ」という拒絶。もうひとつは「ここへ帰って(来て)くれ」という願望。
二行目は、こう書かれている。
帰って来て私を捉えてほしい感覚よ。
これが、またまた、難しい。「帰って来て(くれ)」と呼びかけられているのは「感覚」である。感覚って、だれの感覚? 基本的には自分の感覚だろう。他人の感覚に対して「帰って来てくれ」と呼びかけるとしたら、それはたとえば死んだひとに対してであろう。生きているひとの感覚に対して「帰って来てくれ」、そして「捉えてほしい」というのは、もう一度愛してほしいという意味だろうか。ども、それなら「感覚」というよりも「感情」だろうなあ。
そして「感情」なら、もう一度「愛してくれ」ではなく、「もう一度愛したい」という欲望かもしれない。いま愛している誰かではなく、いまここにいない誰かを「愛したい」。「愛した」ときの、あの「感覚よ」、帰って来てくれ、だとしたら、それはどういう意味になるだろうか。
深追いするのはやめよう。
何か、いいしれない矛盾がある。そして、それは矛盾しているけれど、対立しているというよりもからみあって解けない矛盾、渾沌のようなものかもしれない。
「(もう)帰ってくれ」「(ここへ)帰って来てくれ」というのは、愛しながら拒絶した誰かに対する深い矛盾、絡みついた情念のようなものかもしれない。さらに、もう一度愛したいとなると、それは、いま愛している人を裏切ることにもなる。
どう理解すればいいのか難しいが、何か、そのことばに出会った瞬間に「わかってしまうもの」というか、「あ、こういう体験をしたことがある」と思い出させる不思議な「からみつき」が隠れている。読めば読むほど「理解」したことを説明できないし、説明したくはないのだが、「わかる」という実感が残ることばである。
中井が、これをどこから見つけ出してきたのか。いったい、「だれ」の声を思い出したとき、この「帰ってくれ」ということばになったのか。誰かを思い出しているに違いないという強い実感がある。
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