渡辺彰『私詩16』(ふたば工房、2021年04月29日発行)
渡辺彰『私詩16』の「きみを失くして僕は」。
きみを失くして僕は
すっかり僕らしくなくなってしまった
きみを失くして僕は
きみを通して見ていたことの多かったのに気づき
きみを失くして僕は
それを丸ごと失くしたのだから片腕をもがれたように辛かったが
「亡くした」ということばが避けられているが、「失くした」は「亡くした」かもしれない。
こういう体験は、多くの人がすることだと思う。
「片腕をもがれた」は「両腕」をあたりまえと感じているからであり、そのときの「腕」はもちろん比喩であり、ここでは「二人」でいることがあたりまえ、「ひとり」は辛いということ。
このことばの動きも、とくに新しいわけではない。
「新しい詩」ではなく、「なじみのあることば/聞いたことがあることば」。
でも、ことばは、いつでも「新しい」だけが求められるわけではない。「なじみのあること」を「なじんだまま」に受け止めることも必要。「なじむ」までには、それなりにことばはさまざまなことをくぐり抜ける。他人と同じことばであったとしても、それを自分のことばとして言うということは別問題なのだ。「正直」が他人と重なるのは、悪いことでも何でもない。自然なことだ。
この自然の後に、やはりほかの人も語っているかもしれない自然が遅れてやってくる。この遅れてやってくる感じが、また、正直でいい。
詩は、こう転調する。
きみを失くして僕は
きみを通さなくてよくなった分の自由にもやがては気づき
「遅れてやってくる」は「やがて」と書かれる。もちろん、そういうものにすぐになじめるわけではない。
だから、こう書かれる。
きみを失くして僕は
それまで見えなかった分が開けた気がした
きみを失くして僕は
それでもそんな僕とは長く馴染めなかったのだが
と書いて、ここから「結」が動き始める。「なじめない」という自覚のあとというか、それを自覚すること、自覚していると「謝罪」することで、不思議な扉が開かれる。
きみを失くして僕は
きみを失くした僕にやっとなれたと感じられるようになり
きみを失くして僕は
それがきみのお蔭と思えた
「きみを失くした僕」に「なる」。「なれた」と「感じる」。
ここにはとても複雑な動きが集まってきている。
「きみを失くした僕」に「僕」は「なりたかった」わけではない。「なりたくなかった」。それは書き出しの「すっかり僕らしくなくなってしまった」にあらわれている。「片腕をもがれた」にもあらわれている。
「きみを失くした僕」とは、きみがいなくても僕は生きていける、であり、それはきみと出会う前の僕であり、それはそれでひとつの自然でもあれば、必然でもあった。きみにあって、その自然/必然が変わり、「きみを失くして」以前の自然/必然がもどってきた。そして、自然に、同時に必然として生きている。
むしろ、自然が必然に変わった、ということかもしれない。
だから、
それがきみのお蔭と思えた
「僕」は、きっと、これから「きみのお蔭」に答えるようにして生きることを「必然」として選ぶ。「必然」だけれど、それを「自然」のこととして生きる。
「私が生きてこられたのは、あなたのお蔭」という声が、いつか「僕」に聞こえてくるに違いない。それは、もっともっと「遅れてあらわれる」声かもしれないが、きっと聞こえてくるに違いないと感じさせてくれる。
この詩は、どこが新しいのかよくわからないが、こういう新しさを感じさせないけれど、静かにそこにあることば、という感じのことばはいいなあ、と思う。ことばが、ことば本来のところへ帰っていく感じがする。
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