暁方ミセイ「冬祭の森」(「現代詩手帖」2020年02月号)
暁方ミセイ「冬祭の森」の部分。
「わたしの犬」のことを思い出している。思い出すということに、この詩のポイント(意味)があるのだが、意味ではないものの方に「詩」がある。走る犬の「描写」そのものに詩がある。「楽しそうに舌を垂らし」「黒い目を陽光に潤わせ」「短い足を蹴りだし」「寒さを嬉しがり もうもうと湯気を吐き出す」という肉体が拡散する感じ(散らばりながら輝くと言った方がいいか)がとてもいい。肉体のどの部分も、決められた形を突き破って動いていこうとしている。生きているのだ。
この生き生きとした描写で見落としてしまいそうになるが、その生きている感じを「みんな」「友達と一緒に」「犬たち」(「たち」に注目)が、さらに押し出している。集団が集団でありながら、一匹一匹に散らばっていく感じがする。だからこそ「わたしの」という「限定」が強い。
何匹いるのかわからないが、それぞれの犬のいのち(動き)が「わたしの犬」を通り抜けて、それぞれの犬になり、また「わたしの犬」のいのち(動き)を励ますようにほかの犬のいのち(動き)が「わたしのの犬」のなかで爆発する。
「改行」をやめて、「散文」のスタイルにしてしまうと、この「拡散(散らばり)」はうるさいかもしれない。けれど、詩の「改行」は、こうした切断と接続、接続と切断を生き生きとさせる。
きらきちさせる。
この「きらきら」感じが「焼き菓子と電飾」という比喩に結晶していくのもいいなあ。
そう思いながら、一方で、私が感じている「きらきら(あるいは、わくわく)」を、他のひとはどう感じているのだろうか、と気にもなる。
きのう感想を書いた最果タヒも、この詩の暁方も若いといえば若いが、もう「ベテラン」である。「新人」ではない。私が何らかの「共感(関心)」をもつ詩人というのは、もう古い詩とみなされているかも、という気がするのである。
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暁方ミセイ「冬祭の森」の部分。
遠くから犬橇がやってくる 毛玉のようにくる
そのなかにわたしの犬がいる
みんなと楽しそうに舌を垂らし
黒い目を陽光に潤わせ
短い足を蹴りだし走っていく 友達と一緒に
橇の主は白髭のおじいさんで
荷台は空っぽ
犬たちは寒さを嬉しがり もうもうと湯気を吐き出す
それから焼き菓子と電飾でいっぱいの
凍った森を駆けていく
そっちには
祖父の家がある
「わたしの犬」のことを思い出している。思い出すということに、この詩のポイント(意味)があるのだが、意味ではないものの方に「詩」がある。走る犬の「描写」そのものに詩がある。「楽しそうに舌を垂らし」「黒い目を陽光に潤わせ」「短い足を蹴りだし」「寒さを嬉しがり もうもうと湯気を吐き出す」という肉体が拡散する感じ(散らばりながら輝くと言った方がいいか)がとてもいい。肉体のどの部分も、決められた形を突き破って動いていこうとしている。生きているのだ。
この生き生きとした描写で見落としてしまいそうになるが、その生きている感じを「みんな」「友達と一緒に」「犬たち」(「たち」に注目)が、さらに押し出している。集団が集団でありながら、一匹一匹に散らばっていく感じがする。だからこそ「わたしの」という「限定」が強い。
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きらきちさせる。
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