詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

谷川俊太郎『聴くと聞こえる』(36)

2018-03-20 10:03:27 | 谷川俊太郎『聴くと聞こえる』
谷川俊太郎『聴くと聞こえる』(36)(創元社、2018年02月10日発行)

 「武満は好きな絵を仕事場は置かなかったそうだ。」で始まる文章に、こういう一段落がある。

 武満が浅香さんをなぐったのを、私はただ一度だけ目の前で見た
ことがある。彼が音楽をつけたある芝居を、浅香さんが私たち夫婦
に同調して批判したのが理由だった。そのとき私はおろおろするば
かりだったが、いまはそれが愛情からだったということがよく分か
る、妻への、音楽への、そして生きることへの。

 わかるようで、わからない。つまり考えさせられる。いや、考えさせられるではないなあ。ここから「何か」を感じてしまう。
 こういうことは「感じた」ままにしておくのがいいと思う。
 この文章を書いている谷川は、もう「おろおろ」していないかもしれない。
 でも、私は「おろおろする」。そして、おろおろしたままにしておく。

 かわりに、私の武満徹への思い出を書いておく。
 ある日、FM放送を聴いていたら「海へ」という曲が聴こえてきた。武満の曲である。曲に刺戟されて「海へ」という詩を書いた。詩を書いたあと、もう一度聴きたいと思ったが、レコードがわからない。
 どうやって調べたのか忘れたが、私は武満に手紙を書いた。「あの曲をもう一度聴きたい、レコードは出ていないだろうか」。書いたばかりの詩を同封したかもしれない。
 武満から返事が来た。北欧の音楽祭へ行く途中の羽田空港(あるいは成田だったろうか)から書いているという。演奏者とレーベルの名前が書いてあった。FMで聴いたのはフルートとギターだったか、フルートとピアノだったか、あるいはバイオリンだったか。その奏者(また楽器の構成)とは違うのだが、という断り書きがあった。
 そのときのはがきも、レコードも、そして私の書いた詩も、なくなってしまった。
 覚えているのは、出国する寸前のあわただしい時間を割いて、武満がはがきをくれたということだけだ。それが忘れられないのは、そこに武満の「人間性」を感じたからだ。見ず知らずの私の質問に、きちんと答えてくれる。そこには、谷川のことばを借りて言えば「愛情」がある。音楽への、生きることへの。




*


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目次

小川三郎「沼に水草」2  岩木誠一郎『余白の夜』8
河邉由紀恵「島」13  タケイ・リエ「飯田橋から誘われる」18
マーティン・マクドナー監督「スリー・ビルボード」再考21  最果タヒ「東京タワー」25
樽井将太「亜体操卍」28  鈴木美紀子『風のアンダースタディ』32
長津功三良『日日平安』37  若竹千佐子「おらおらでひとりいぐも」40
草森紳一/嵩文彦共著『「明日の王」詩と評論』47  佐伯裕子の短歌54
石井遊佳「百年泥」64  及川俊哉『えみしのくにがたり』67
吉貝甚蔵「翻訳試論――漱石のモチーフによる嬉遊曲」72
西岡寿美子「ごあんない」76
     *
谷川俊太郎『聴くと聞こえる』(上)83

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2016年の「象徴としての務め」メッセージにこめられた天皇の真意と、安倍政権の攻防を描く。
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問い合わせ先 yachisyuso@gmail.com

聴くと聞こえる: on Listening 1950-2017
クリエーター情報なし
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