高橋睦郎『深きより』(2)(思潮社、2020年10月31日発行)
「二 すなはち鏡」は「額田王」。
熾りに熾る火のうへ 青銅を蕩かし 煮たぎらせる
煮立つた金属を 鋳型に注ぎ 水を浴びせて 冷やし固める
動詞がはげしく動く。休むところがない。セックスでいうとエクスタシーへ向かって加速していく感じだ。特に「蕩かす」という動詞が魅力的だ。「溶かす/解かす」ではない。客観を超えている。「蕩ける」には外側から「とける」ではなく、内部から「とける」という感じがある。私の感じでは「蕩けさせる」だが、「蕩かす」にはなにか自発的なイメージがあり、いっそう不思議な気持ちになる。だから、それにつづく「煮たぎらせる」も単に「煮る」以上のことがらである。「内部」が「たぎる」のである。自発的、な感じがする。「蕩ける」はおだやかな印象があるが、「たぎる」は激しい。内部にあるものが、外に出ようとしている。エクスターを求めてあえいでいる。
それをふたたび固形にもどすとき、それは単なる形ではないだろう。
ものを「形」にするとき、それがたとえ金属であったも叩いてのばしたり削ったりという外からの力でおこなうものがある。しかし、鋳造は、そうではない。外から矯正するのではなく、内部を自由に解放したあとで、その内部そのものに形を与えるのだ。その過程が「蕩かす」「たぎる」ということばで強調されている。
それら 木と火と土と金と水と 宇宙五大の愛し児が
すなはち 鏡 すなはち あきらけしわたくしこの身
鏡は「内部」から噴出してきた「わたし」、隠されていたものが、いまあらわになったのだ。そして、それは「宇宙」と交歓する。宇宙になるとさえ言える。
「すなはち」は「即」である。それは切り離せない。「鏡」と「わたし」は客観的にみれば別個の存在だが、それは「ひとつ」。というより「すなはち」という「ことば」が「鏡」と「わたし」を「ひとつ」にする。外部即内部。内部即外部。「すなはち」によって新しい力が生まれる。
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