高橋睦郎『深きより』(27)(思潮社、2020年10月31日発行)
「二十七 悪の華くらべ」は「河竹黙阿弥」。
ボードレールの「悪の華」を引き合いに出し、「白波五人男」のことを書いている。その終わりの部分。
なに僕とて真面目は立前 紙の上での悪行三昧
謳う勧善懲悪とは お上を憚るうはべの口実
とある。
そうであるなら、この「論理」もまた、だれかを憚る上辺の口実ではないだろうか。偽装は「僕」と書いて「あたし」と読ませるところにも垣間見ることができる。
だいたい「悪」とは何なのか。
それは前半に書かれている。「悪」とは定義されずに狂暴に振る舞っている存在がある。
見直せば はだか身に長襦袢の前髪立ち
女と見紛ひ見取れた刹那 見返された目つきの凄さ
「女と見紛」う美しさ、「見取れ」る美しさ。「悪」にとって重要なのは「見紛う」だろう。そして「見取れる」だろう。「間違っている」けれど、「見取れる(引きつけられ、誘い込まれる)」ものが「悪」なのだ。単純な美しさは「見紛う」ことはない。
しかし、それよりもさらに重要なのは「見返された目つきの凄さ」の「見返す」という動きだ。「見返す」は「誘い」でもある。「ついて来られるわけがないだろう」と拒絶を投げつけることで、誘っているのである。
ここには「矛盾」があるのだ。矛盾を生み出してしまうのが「悪」だろう。
この詩では先に書いたように、高橋は「僕」と書いて「あたし」と読ませている。これまでの作品に出てきた「わたくし」「わたし(これは一回限り)」とは違い、一種の「間違い」を含んでいる。「嘘」を含んでいる。しかし、それは「悪」と呼ぶにはあまりにも弱い。
なぜ、この作品だけ「わたくし」と書かずに「僕(あたし)」と書いたのか。「わたくし」と書いて、同じ嘘、同じ「悪」を書こうとしなかったのか。
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