「二十一 面の果ては」は「世阿弥」。
世阿弥を高橋は見たわけではない。顔を見たわけでも、姿を見たわけでも、さらには肝心の「動き」を見たわけでもない。他人の書いた(残した)「評判」を読んだだけだ。たとえば、「振り風情ほけほけとしかもけなわ気に候」と。それなのに高橋は、世阿弥を「詩人」としてとりあげ、こう書いている。
女体 修羅 物狂 法師 唐事と 面を替へ番数を重ね
ときに面無しの直面といふも 面の一つとなつたは自然
この「自然(じねん)」が高橋が世阿弥から引き継ごうとしている「詩」ということになる。高橋は、世阿弥を直接見ることなく、「評判」を読むことで「自然」をつかみとっている。それが正当な批評かどうか、私は判断できない。私は世阿弥を見ていないからである。
しかし、だからこそ、こういうことができる。
「自然」は高橋が理想としている「詩」なのである。「自然」としての「詩」を世阿弥からつかみとり、高橋は「自然」の「詩人」になろうとしている。
稗田阿礼、額田王、柿本人麻呂……とさまざまな「ことば」のひとになる。それは「面」をつけて演じることに通じる。その数を重ね、では、この詩集のなかで「面無し/直面」は、いつ、出てくるか。
この世阿弥を書いた詩が、高橋にとっての「直面」になるのではないか。そして、私には、この「直面」と「自然」は、つぎの一行のなかに、別のことばで書かれているように思える。
佐渡に着いては名所を巡り 罪なくして見る配所の月
「名所を巡り」はさまざまな人間を演じるに通じる。「直面」は「罪なく」である。「面」は、ある意味では「罪」なのだ。人間(他人)を演じるとは、他人の「罪」を演じることなのだ。「他人=罪」を脱ぎ捨て、それなのに、流刑され、「配所」に身を置き、月を見る。世阿弥にとっては、「他人=罪」を演じる(生きる)という「不自然」が生涯だったのである。それを脱ぎ捨て「自然」に、「世阿弥自身」になる。それは、世阿弥にしかわからない「演技」である。「花」である。
伝統を引き継ぎ、さまざまな詩人になる詩(演技)をくりかえしながら、どこかで高橋は世阿弥の「自然」の瞬間を生きようとしている。その欲望が、この詩に噴出してきていると思う。「自然」ということばと「罪なくして見る配所の月」ということばに。
でも、このとき「月」とは何なのか。
これは、この詩だけではわからない。けれど、徒然草に出てくることばを借りて、忍び込ませたかった何かがここに書かれている、ということだけは、まがまがしい何かのように目に見える。
この詩は、詩集中の最高傑作である、と思う。
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