高橋睦郎『深きより』(25)(思潮社、2020年10月31日発行)
「二十五 作者名乗りとて」は「近松門左衛門」。
二人の血の婚礼をことほぐ道行唄も わが発明ならず
外ならぬ 二人の最期がもたらしたもの わたくしは
それをしかと聞き取り 忠実に記し取つたに過ぎぬ
この「謙虚さ」は近松にかぎらないかもしれない。シェークスピアも、自分の声ではなく、市井で聞いた人々の声を舞台に載せた、と言えるかもしれない。舞台を離れれば、たとえば谷川俊太郎は自分の声よりも、やはり市井で聞いた他人の声を「忠実に記し取つた」と言えるだろう。多くの「ことば」は「他人のことば」である。
日本国憲法さえ、幣原喜重郎は「9条の原点」を「いったい、君はこうまで日本が追い詰められていたのを知っていたのか。なぜ戦争をしなければならなかったのか。おれは政府の発表したものを熱心に読んだが、なぜこんな大きな戦争をしなければならなかったのか、ちっともわからない。戦争は勝った勝ったで敵をひどくたたきつけたとばかり思っていると、何だ、無条件降伏じゃないか。足も腰も立たぬほど負けたんじゃないか。おれたちは知らぬ間に戦争に引き込まれて、知らぬ間に降参する。自分は目隠しをされて場に追い込まれる牛のような目にあわされたのである。けしからぬのは、われわれをだまし討ちにした当局の連中だ」と言っている。(鶴見俊輔『敗北力』から)
ことばに携わる人間は、常に「他人の声」を「自分の声」として聞く。
高橋は、これをさらに拡大している。
詞のみならず 詞を立ちあがらせる 三絃の曲節も
詞節に合わせてうごく人形の振りもまた 二人の手柄
「人形の振り」というとき、そこには人形を動かす人が、ことばを聞く人と同じように存在する。「二人の手柄」は、そこまで広がっている。
しかし、そこにとどまらずに、高橋はさらにことばを動かす。
開闢以来 人びとが流しつづけて 水に様ふ捨て人形の
まぼろしの 慰みたはぶれごとと ご承知あれ
「二人の手柄」を「人形の手柄」にまで還元する。「人形」がなかったら、二人の悲劇は『曽根崎心中』に結晶はしなかった。
この「結論」までの道筋をたどるには、もっと多くのことばが必要だと思うが、それについては高橋は書いていない。高橋にとって、「人形」こそが「詩」なのだという思想が、肉体になってしまっているためだろう。「生身」が「現実」ではなく、「人形」が現実。それは肉体が現実ではなく、「ことば」が現実なのだ、と言い直せば高橋を語ることになるのかもしれない。
高橋は「ことば」という現実を生きている。肉体にしている。
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