高橋睦郎『深きより』(24)(思潮社、2020年10月31日発行)
「二十四 旅に死んでなほ」は「芭蕉」。
宿の外は時雨 降ると思へば止み 止むと見れば又降り
この絶え間なく変化する動きは、逆に、芭蕉の多くの「静謐な世界」を鮮烈にする。激しい動きが見えていたから、一瞬の絶対を芭蕉は見ることができたのだと感じさせてくれる。
雨脚しぶく夜闇のむかうは枯野 其処駈け廻るは
夢に変じた魂魄 わたしはいつより魂魄と化したのか
私は驚いてしまった。枯野を駆けめぐっているのが「魂魄」と考えたことはなかった。芭蕉が「肉体」のまま駆けめぐる姿を想像していた。(ここには「わたくし」ではなく「わたし」と書かれているが、誤植だろうか。あえて、ここだけ「わたし」にしたのか、気になる。)
高橋はこのあと、芭蕉を夢の中で長崎へ向かわせている。
石の道 石の大厦 石の城市 石の広場に炎のはしら
同じき景色は百 千 万と増えやまない 石の枯野
「石の枯野」は芭蕉ではなく、高橋が夢見ている枯野だろう。高橋は長崎を越え、中国を越え、ヨーロッパを駆けめぐっているのかもしれない。
前後するが、最初に引用した行の直前の一行のなかに「越え」ということばがある。
それでも芯は覚めてゐるのか 寝を囲む人びとを越え
この「越える」という動詞が「肉体」を越えて「枯野」を越えて長崎まで旅するとき、その芭蕉と一体になっている高橋ならば、きっと長崎を越え、石のヨーロッパへ向かっているだろう。
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