近藤久也「ぶーわー 44 あとがき」(「ぶーわー」44、2020年10月15日発行)
近藤久也「ぶーわー」44の「あとがき」がとてもおもしろかった。
私は、ここで「へええええええーーーっ」と声を出してしまった。
「せっかく」は「ない」といけないものなのか。「へええええええーーーっ」。私は、そんなふうに思ったことがない。「せっかく」という意識が、私にはないのかもしれない。近藤の「つれ」のように。
そうか、近藤はこういうとき、「せっかく」ということばが動くのか。近藤には「せっかく」が「ある」のか。
私がもし近藤と一緒にその駅へ行った人間なら、「せっかく」ということばを聞き、きょとんとしただろうと思う。「せっかく、ってどういう意味?」と聞き返したと思う。知っているはずだけれど、聞き返したい、いまなんて言った?と問い返したいような、不思議な気持ち。
近藤は、たぶん「せっかく来たのに……」とは言っていないだろうから、つれがきょとんとすることはないと思うが、いや、ほんとうに不思議な感動にとらわれてしまったのである。
「爪のさき」は爪を切る詩。このなかにも「せっかくがない」のようなものが潜んでいる。「へえええ」と声を上げなかったが、何か書きたい気持ちになるのは、私のつかわないことばが近藤の肉体として動いているからだ。それは、どのことばか。
くりかえされる「どこ行く」ということば? どうもちがう。そこには「意味」がありすぎて、「噴出してくる」という感じがない。「くっきり」も印象に残る。でも、何か、絶対にこれ、という印象ではない。なんというか、想像がつく。予想がつく。
私の予想外のことば。
それは最後の「爪/を切る/おと」の「を」である。
この「を」は書き出しに探せば「背(を)まるめ/爪(を)切っている足や手」という部分にある。そこでは省略されている。「助詞」の省略は「どこ(へ)行く?」へという部分にもある。近藤はしばしば助詞を省略し、その省略によってことばを「口語」(肉体)に近づけている。
この流儀にしたがえば、最後は「爪/切る/おと」でいいはずである。それなのに近藤は「を」を書いている。そして、その「を」の存在が「くっきり」ということばを明確にしている感じがする。「くっきり」だけではなく、最終連のことばを、それぞれ明確にしている。
「せっかく」のように、知っていることばだけれど、「ない」ということばと一緒に動くと、はじめてみることばのように見える。おなじように「を」が書かれることで、こそに書かれていることばが「知っている」を通り越して、ひとつひとつ、それこそくっきりと感じられる。
(私は近藤とは逆、助詞を省略せずに書くので「を」があることは私にとっては自然なのだが、近藤の詩のなかでは、何か意表をつかれる感じがするのである。「せっかくが/ない」と同じように。)
読み終わったあと、「ふーん」と思うのである。それはことばにならない何かなのだが、その何かのなかに、しばらくとどまっているのは、なんとなく楽しい。行きたいところへ行って、「ここか」と思うのに似ているかも。「ここか」と思ったとき、「せっかく」ということは思わない。「せっかくが/ない」とは思わない--と書くと、何か違ってしまうが。
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近藤久也「ぶーわー」44の「あとがき」がとてもおもしろかった。
サラリーマン生活を退いてから時々、障害者の移動支援に従事している。ほとんどが知的障害者といわれるひとたちである。朝、家を訪ねる。家族の方からその日の行きたいという場所を確認する。ご本人が決めたのか家族が決めたのか、或いは相談して決められたのか、私はこだわらない。言われた場所に行く。美術館、博物館、動物園、映画館、演芸場、プール、野球場、スポーツ施設、公園どこへでも行く。その人と一日を過ごす。会話が成り立つ人もいれば、そうでない人もいる。最近よくご一緒する方に、行き先が鉄道の駅の地名を指定する人がいる。二時間も三時間もかけてそこへ行くのである。別に鉄道マニアのテッチャンではないのである。どのようにしてその地名を決められたのか私はこだわらない。その駅に着き、列車を降り改札を出る。駅前に出る。その人を見ると、少しきょろきょろしている。お昼だからどこかで食事をしようかと誘ってみる。本の少し沈黙の間があり、帰るときっぱり言う。列車に乗って今来たのとは逆に大坂に帰ると言う。せっかく来たのだからの「せっかく」はその人にはないようだ。
私は、ここで「へええええええーーーっ」と声を出してしまった。
「せっかく」はその人にはないようだ。
「せっかく」は「ない」といけないものなのか。「へええええええーーーっ」。私は、そんなふうに思ったことがない。「せっかく」という意識が、私にはないのかもしれない。近藤の「つれ」のように。
そうか、近藤はこういうとき、「せっかく」ということばが動くのか。近藤には「せっかく」が「ある」のか。
私がもし近藤と一緒にその駅へ行った人間なら、「せっかく」ということばを聞き、きょとんとしただろうと思う。「せっかく、ってどういう意味?」と聞き返したと思う。知っているはずだけれど、聞き返したい、いまなんて言った?と問い返したいような、不思議な気持ち。
近藤は、たぶん「せっかく来たのに……」とは言っていないだろうから、つれがきょとんとすることはないと思うが、いや、ほんとうに不思議な感動にとらわれてしまったのである。
「爪のさき」は爪を切る詩。このなかにも「せっかくがない」のようなものが潜んでいる。「へえええ」と声を上げなかったが、何か書きたい気持ちになるのは、私のつかわないことばが近藤の肉体として動いているからだ。それは、どのことばか。
夜中
背まるめ
爪切っている足や手
伸びすぎて困るので
でも
すっぱり切って
こいついったい
どこ行く?
どこ行って
消える?
宙の
まっくら
みえないところでひとり
思案している行方
生きすぎて困るので
すっぱり別れて
はてこいつ
どこ行くのかしら
どこまで行って
みえないまんま
で
くっきり
からだから
離れて行く
爪
を切る
おと
くりかえされる「どこ行く」ということば? どうもちがう。そこには「意味」がありすぎて、「噴出してくる」という感じがない。「くっきり」も印象に残る。でも、何か、絶対にこれ、という印象ではない。なんというか、想像がつく。予想がつく。
私の予想外のことば。
それは最後の「爪/を切る/おと」の「を」である。
この「を」は書き出しに探せば「背(を)まるめ/爪(を)切っている足や手」という部分にある。そこでは省略されている。「助詞」の省略は「どこ(へ)行く?」へという部分にもある。近藤はしばしば助詞を省略し、その省略によってことばを「口語」(肉体)に近づけている。
この流儀にしたがえば、最後は「爪/切る/おと」でいいはずである。それなのに近藤は「を」を書いている。そして、その「を」の存在が「くっきり」ということばを明確にしている感じがする。「くっきり」だけではなく、最終連のことばを、それぞれ明確にしている。
「せっかく」のように、知っていることばだけれど、「ない」ということばと一緒に動くと、はじめてみることばのように見える。おなじように「を」が書かれることで、こそに書かれていることばが「知っている」を通り越して、ひとつひとつ、それこそくっきりと感じられる。
(私は近藤とは逆、助詞を省略せずに書くので「を」があることは私にとっては自然なのだが、近藤の詩のなかでは、何か意表をつかれる感じがするのである。「せっかくが/ない」と同じように。)
読み終わったあと、「ふーん」と思うのである。それはことばにならない何かなのだが、その何かのなかに、しばらくとどまっているのは、なんとなく楽しい。行きたいところへ行って、「ここか」と思うのに似ているかも。「ここか」と思ったとき、「せっかく」ということは思わない。「せっかくが/ない」とは思わない--と書くと、何か違ってしまうが。
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また朝日カルチャーセンター福岡でも、講座を開いています。
毎月第1、第3月曜日13時-14時30分。
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読売文学賞(翻訳)受賞の中井の訳の魅力を、全編にわたって紹介。
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2016年の「象徴としての務め」メッセージにこめられた天皇の真意と、安倍政権の攻防を描く。
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