福岡発 コリアフリークなBlog

韓国や韓国語に関するオタクの雑学メモ。韓国映画はネタバレあり。 Since 2005/9.14

中国の和製漢字語

2007年04月16日 |   〇世界を読む

中国の温家宝首相の日本訪問に合わせた記事だったのだろうか?

温家宝首相が中国に帰国した4月13日、人民日報系の日刊紙
「環球時報(GLOBAL TIMES)」は、現代中国語で使用されている
数多くの和製漢字語を紹介しながら、その導入の歴史を考察する
評論記事を掲載した。

もちろん、「ヲタク」は中国語の原文ではなく韓国の中国発外信
報道(電子版)でその記事を読んだ。

「環球時報」電子版の更新が4月6日で止まっており関連記事の
原文を確認することはできなかったが、過去、中国が和製漢字語を
「無分別に導入した」という批判的な視点は、あくまで韓国人記者
(連合ニュース)による主観的な評価なので、その辺は差っ引いて
読む必要がある。

現代中国語の社会・人文用語の約70%を占めているという和製
漢字語の背景には、「無分別」どころか中国を近代化に導こうと
する主体的努力の歴史が隠されていることが、「ヲタク」にはよく
理解できた。

ある意味で、その歴史は「日中友好の歴史」の貴重な一ページ
だとも言えるだろう。

一方、「ヲタク」が見るに、韓国語の社会・人文用語の95%
以上を占めていると思われる和製漢字語について、韓国メディアが
そうした「不都合な真実」を正面から考察し記事化することは、
まずない。

中国と違い、韓国では極一部の和製漢字語がまるでスケープ
ゴートのように「日本帝国主義支配の残滓」として各種メディアで
指弾されることは現在でも多いが、そのトータルな実像が客観的に
伝えられることは、まずあり得ないのだ。

悪辣なる日本の植民地支配とそれへの抵抗にのみ「光」が当て
られている現代韓国社会の一般的歴史認識からは、和製漢字語の
導入はもとより朝鮮近代化の歴史がすっぽり抜け落ちている。

この種の論議は、まかり間違えば日本の植民地支配に「免罪符」を
与えることにもつながりかねず、扱いが極めて難しい問題である
ことは事実だろう。

現代韓国社会の強烈な民族主義や複雑な対日意識を考える時、
植民地時代に進んだ朝鮮の近代化をどう見るのかという問題は、
当面、不都合でデリケートな今日的課題であり続けるしかないの
かもしれない。

以上、中国発の外信報道を読んで、つらつら考えたことである。

紙面の関係上、韓国語原文の引用は省き、翻訳練習の結果のみ
記録しておく。

・・・・・・・・・・・

■ 1世紀前の中国、「和製漢字語」を無分別に導入
(連合ニュース 4月15日)
 
服務、組織、紀律、政治、革命、党、方針、政策、申請、解決、
理論、哲学、原則、経済、科学、商業、幹部、健康、社会主義、
資本主義、封建、共和、美学、美術、等等・・・。

中国でよく使われているこうした日常用語は、実は全て日本で
作られた漢字語だ。

中国の人民日報が発行している姉妹紙「環球時報」が13日、
中国で使用されている「日本式漢字語」の実態に触れながら、
無分別な和製漢字語導入をめぐり1世紀前の中国で戦わされた
論争を紹介し注目を引いた。

環球時報によれば、中国で使用されている社会、人文分野の
用語の約70%が日本から導入された一種の外来語
だ。

清朝末期、日清戦争に敗北した中国では康有為が中心となって
(自主的な近代化の試みである)「維新変法」を進めたが、その取り
組みが(保守派の抵抗により)挫折した後、和製漢字語が本格的に
中国に流入し始めることになったと言う。

その頃から中国は近くに存在する日本に注目し始め、中国の
近代化を志す多くの留学生が西欧の文物を間接的に学ぶため
日本に渡り始めた

近代中国の代表的知識人として知られている梁啓超も和製
漢字語の普及に大きな影響を与えた人物の一人
だ。彼は日本に
(亡命し)居住しながら日本の小説などを翻訳し自らが創刊した
雑誌「清議報」に連載するなどした。

梁啓超はこうした活動に加え、周囲の中国人に日本の文章や
本を多く読むように薦め、同時期の多くの中国人留学生が日本の
本を中国語に翻訳し中国に普及させた
1900年代以降、こうした
翻訳作業はさらに発展し日本で発行される中等教育レベルの
教科書がほぼ全て中国語に翻訳されるまでになった。なかには
日本の大学教授の講義内容まで中国語に翻訳され出版される
こともあった

こうした「翻訳運動」を通じ和製漢字語が中国の知識層を中心に
社会全体に急速に広まって行った
のだ。

もちろん、こうした動きに対する警戒心や反発が全くなかったわけ
ではなかった。清朝末期、(守旧派の)名宰相であった張之洞は、
日本から流入して来る新造語に対し使用禁止令まで出した。

また、清朝末期の思想家でイギリスへの留学経験を持つ厳復は、
日本式の漢字語が本来の意味を正確に反映していないとして
批判を加えた。

彼は日本が「経済」と翻訳した「economy」は「計学」と訳すべきだと
主張した。それ以外にも、「社会学」は「群学」、「資本」は「母財」、
「進化」は「天演」、「哲学」は「理学」、「形而上学」は「玄学」と
訳すべきだとの自説を展開した。

-以下省略-



(終わり)


 参加カテゴリ:地域情報(アジア)/語学・英会話 


この記事についてブログを書く
« 高速船とくじら | トップ | ソロモンの選択 »
最新の画像もっと見る

 〇世界を読む」カテゴリの最新記事