風のこたろう

'05年4月6日~'07年4月7日 ウランバートル生活日記
'09年8月~  詩吟三昧の徒然日記

帰国あいさつ

2004年11月04日 | チンゲル亭過去日記

帰国に伴って、色々な場所に表敬訪問に,出かけます。
そのほかに、地質のセミナーがあり、市内をあちこちに走り回りました。

昨日の午後から、急に温度が下がりました。
温度計は、マイナス15度を示しています。
室内は、24度のままですから、体が十分温まっているので、マイナスの温度は10分以上戸外にいると、じわじわと感じてきます。

今朝の6時は、真っ暗で、明けの明星がくっきり見えました。
帰国の10日は8時50分ボヤントオハー発ですから、この時間に出かけることになります。
さぞ、寒いことでしょう。
去年の、今頃は、道路に氷が張っていたそうで、これでも随分暖かい冬だそうです。

11月の日本から、氷の張るウランバートルに着いた2年前は、どんな気持ちがしたのでしょう。
それにしても、2回の厳しい冬をよくぞ元気で無事に過ごしたものと感心します。

どなたが守ってくださったやら、本人のやる気が取り合えずの敵を撃退したのやら、よくわかりませんが、ありがとうと感謝するのは、どちらの方向に向けて言ってよいのやら、、、

四方に向けて、ありがとうございます! と言っておきましょう。

お隣さんとの話も、別れの話やら、日本のお家を訪ねる話やらになってきました。
何より、まもなく12才になるゴールデンのハナとの別れが、迫っているかと思うと、格別の思いがあります。

帰ってからも、良い縁が続きますように。
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テレビ出演その2

2004年11月03日 | チンゲル亭過去日記

緊張の瞬間がおわりました。
早速、見たよと電話をいただき、「げに、友達とは」を感じる。

映像としての出来は、ほんとに良かった。
モンゴル語のわからない私は、ゲレル教授、ドガラ教授、ビャンバーさん、ツェギーさん、の知った顔が出て、なにやら話している表情ガ落ち着いている様子、鉱石見本の美しい緑がよくでていること、教室の学生達が楽しげに機器を使っている様子、一転して、鉱山で大きなトラックが走り、重機が鉱石を採掘している様子、サミンウードの井戸掘り現場の良く撮れた写真など、バランスよく配置されて、見て楽しいものでした。

これで、モンゴル語の部分が理解できれば、大人にも子供にも理解しやすい紹介番組になったのだろうなぁと想像しています。
説明に難しい仕事も、音と映像の手助けで、わかりやすくなるものだと、この番組のプロデュースをしてくださった、シニアにも感謝せねば。

この録画テープを、あさってのドガラ教授の還暦祝いの講演会にも使えるし、良い宣伝にもなったのではと思います。
2年間の終わりを迎えるときに、夫のしてきたことがこういう噛み砕かれた形で、モンゴルの人に少しでも理解してもらえたのなら、それは、冥利に尽きることです。

そして、明日は、ザミンウードの井戸を掘り当てたときの、セミナーがあります。
一つずつ、終わりに向けて、扉が開き扉が閉じ、それぞれが今満足感でもって終えてきたのが、ちょっと誇らしい。
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本日テレビ出演

2004年11月03日 | チンゲル亭過去日記

モンゴルTV5で夜9時ごろから、夫ともう一人のシニアの仕事の様子がテレビで放映されます。
他の方の映像を見ていると、夫の話す声は、すぐにモンゴル語がかぶさってしまうはずなので、話初めと終わりの一言ぐらいだけ生の声を聞くことが出来るようです。
夫の仕事を、子供や、お年寄りにもわかるように説明することは至難の業だと思うのです。
連れ添って、30年になる私にもほんとのところはわかっていないのですから。

どのように説明されるやら、テレビにかじりついていてもモンゴル語を理解できない私には、まったくわからないでしょう。
せっかく、夫の仕事の何たるかをちょっとでも判るチャンスだったのです。

UB在住のモンゴル語を理解する隣人に、期待を持って待っていてもらっているようです。感想を明日聞いてみましょう。

とりあえず、ビデオを撮りましょう。

                 ☆

今日、最後になるかもしれないオルティンドーのお稽古の連絡を待っています。
この1ヶ月は、先生が忙しかったこともあって、お休みが続いていたので、楽しみです。
時間が取れなかったら、最後のご挨拶だけでもしたいと思っています。
そして、最近紹介してもらった、学生さんに一緒に行ってもらおうと思います。花ちゃんの通訳の様子や日本人が習い事をしているのを見ていてもらったら、めったにない体験をさせてあげられると思っているのですが。
彼女は、時間が空いているでしょうか。
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NBAに田臥勇太

2004年11月02日 | チンゲル亭過去日記

モンゴルにまったく関係の無いニュースですが、娘が注目していた田臥勇太がプロバスケットボールのNBAでプレーできるようになったと報じられていました。

無名の頃から、注目していて、その人が力をつけて名を成すまで、見続けると言う経験は、私には残念ながら有りません。
ニュースに載る人を見つけたと言うこともすごいことですが、それより、そこまでにいたる経過をどんな気持ちで、見続けてきたのか、私も体験してみたいと思うのです。

昨日の娘からの電話でにわかに日本が近くなって、日本人の出てくる夢を見て、はぁー来週だぁー、と実感し。
日本の情報を身近に感じ、帰った自分を想像し、オフ会の日程を相談し。。。
俄かに、日本が近くなりました。

やっぱり、帰るんだなぁ!
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娘からの電話と帰国準備その2

2004年11月01日 | チンゲル亭過去日記

久しぶりに、長女の声を聞く。
留守番の二人は、忙しくなかなかつかまらないこともあって、肝心な話は大体において、娘からかかってくる電話によることが多い。

今日は、帰国を前にして、確認の電話だった。
10日8時50分に、ボヤントオハー空港を出発し、北京経由で帰ります。
その日のうちに家に帰り着くから、よろしくねと頼みました。

鼓太郎が、お腹をなめすぎて、五円はげができているとの事。
長女 「帰ったら、かわいがってやってね。」
私  「もちろんよ。」

私  「帰ったら、携帯ひつようかなぁ」
長女 「必要だよ」
私  「一番安いのは何か調べといてね。」
長女 「いいよ」

長女 「帰ってからの話ができるようになったねぇ。今まではぜったいできなかったもんねぇ」
私  「ほんとだねぇ。」

帰国して初めての土曜日は、不在です。といったら、次女に叱られたとか、出も、友達の結婚式だからと言ったら、それはしょうがないとの返事だったそうです。

そんな感じで、10ヶ月を留守番していたのね。
鼓太郎も、頑張って、長い留守番を耐えてくれました。
帰ったら、目一杯あそぼうね。

浦島太郎気分で、帰国してもすぐになじめるかなぁ~なんて漠然とした不安を抱いていましたが、長女の声を聞いて、不安はなくなりました。

さ、元気で荷物の片づけを続けましょう。

           ☆

郵便局から送る荷物について、トゥーブショーダンという中央郵便局の存在しか知らなかったのですが、小さい郵便局の存在を知りました。

中央と違って、小さい局では、荷物を家まで取りに来た上に同じ料金というサービスをしているそうです。
中央よりも、小さいほうのサービスが良いというのは不思議ですが、どういうことでそうなっているのか、判りません。
シニアの通訳さんからの情報で、女性一人で来ている方にとっては、荷物を取りに来てくれるのはさぞありがたいことでしょう。

彼女の、強い思いが情報を得、私にも恩恵にあずかりました。
こちらでは、こう有ってほし胃と言う強烈な思いがないと情報が得られないのだなぁ。
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