風のこたろう

'05年4月6日~'07年4月7日 ウランバートル生活日記
'09年8月~  詩吟三昧の徒然日記

初めの一歩

2018年03月15日 | 徒然に日々のことを
今年度最後の初めの一歩が、須藤明実先生不在のまま行われました。
先生が早くお元気になられて、復帰されますことを、心より願っています。

昨年は、習った吟詠を関吟の先生のCDから編集し、みなさんに教材として、差し上げました。
今年は、何時もご指導願っている芦孝会の先生がたの吟詠が欲しいとのご要望を強く頂きました。
年度末に、復習と発表を兼ねて、会員さんと先生のそれぞれが選んだ吟詠をすることになり、そして、その吟詠を、それぞれの持つ音源への録音会にいたしました。

東明先生の古希の心境を詠われたこの漢詩を、今日、みなさんの前で、吟じることとなりました。
今月古希を迎える私にぴったりの吟題です。

詩吟を続けているおかげで、「年々善友を増し」は、その言葉の通りになっていて、幸せを感じております。
善友を増すとは、文字通り友の数を増してはいますが、数だけではなく、ありがたいことに「善」の充実感も増しています。

「十分」と「充分」の両方を満足しているということです。
どちらかと言うと、「充分」の方が上だなぁと、ひとり悦に入っております。


さて、一人悦に入るのはいいのですが、私にとっての善友は、果たして、相手様にとっても「善友」たりうるか?

はて、さて。。。

          
              
             
田村仁美2018年カレンダー3月4月より
「春暖」ツツジとシジュウカラ



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古希

2018年03月15日 | 詩吟

  毎年、善い友人を増やし、毎日のように詩を作って楽しみ、
  静かに吟じ続ける。
  始めから終わりまで、生涯一貫して常に美しい心を持ち、
  汚れもせず、世間に染められもせず、
  清らかな心を持ち続けたい。


宮崎東明先生 略伝 1889?969

明治から昭和の医師・吟詠家・漢詩人。本会の第二代目会長

 大阪府大東市野崎の名家に生まれた。大正6年大阪市福島区で胃腸科医院を開業するかたわら、書・詩・画・篆刻・吟詠などの道も極めた多才の人。昭和9年発起人となり関西大学教授藤沢黄坡を会長に戴き、関西吟詩同好会(現在の関西吟詩文化協会)を創設した。昭和23年に二代目会長となり、戦後の吟界を復興させ、さらに発展させた。我が国の吟界の大功労者である。昭和44年没す。享年81歳。(関吟HPより


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勢い

2018年03月09日 | 詩吟
夢松風は、水曜日のいずれかの日に月に2回、夢青葉は、金曜日から、木曜日に移動して、やはり月に2回の練習日が、定着してきました。
長年、金曜日に練習をしていましたが、去年から、木曜日と金曜日を行ったり来たりしていました。
どうやら、4月から、木曜日のいずれかの日に定着しそうです。



人数が少ないので、柔軟に状況に対応して、やむなく休まねばならない状況をなるべく作らないようにと、こだわりを捨てて、練習が続いていました。

おかげで、指導資格を生かして、代範の起用がスムーズに行われています。

せっかくなので、何かの形で、この方式が続けられないかと、頭をひねっています。

そして、思いがけず、コンクールの予選通過と言う快挙もあり、教場運営への責任と、個人的には上へ向かっての挑戦という自分への責任が、重なって、いよいよ、車輪が回転し始めたなと、思います。

それが、私自身と会員さんとの両方に起こったものですから、ちょうどお互いの立場を尊重しながら、両輪の如く進んでいけるので、幸先の良い新年度を迎えられる気がします。


「誰かが進めば、誰かが遅れを取る」そんなことが、人数が少なければ、目立ってしまいますが、お互いを尊重しながら、「遅れ」とか《先進」とかと考えることではなく、それぞれの今できることを、推し進めていくようにいたしましょう。


神戸で仕事と詩吟の練習を続けているNさんも、お元気で練習を続けていらっしゃるようです。
何時の日か、こちらへ帰ってくる日が来るはずですから、それまで、こちらと神戸とで、切磋琢磨いたしましょう。
共に、今秋に五段の昇段推薦を受けることとなります。


そして、会員さんの成長と共に、両教場とも、ゲストさんが定着しそうな感があります。
初心者の内は、諸先輩がいらしてくださるのが、負担だったのですが、これからは、臆することなく諸先輩、あるいは、後輩を受け入れることができるようになりました。

これは、特に人数の少ない教場にとって、本当にうれしいことです。

お互いに刺激しあいながら、それぞれの、テーマを確実に伸ばしていけるなら、それほどうれしいことはありません。

ここまでは、勢いで走り続けた感があります。

これからは、何を目標にしたらよいでしょうか。
まずは、20周年大会の成功でしょうか。




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いきなり

2018年03月09日 | 詩吟
会員さんが江東区大会で、初出場初都大会出場を決められました。


幸運であったことも十分承知の上で、頂いたチャンスは、上への挑戦へとして取り組む姿勢を見せてくださるのは、頼もしい限り。

また、他のコンクールへも、意欲を見せていらっしゃいます。

もっと、基礎的なことを身に付けてほしい気持ちがあるのですが、この先へとはやる気持ちを削がないで、望ましい成長の手助けをするにはと、考えて、はたと、ご本人の意思に任せるというのも、大事なことと、気が付きます。

いつまでも、手取り足取りでは、本来の力を伸ばすことができませんから、自分のことを思いだしながら、後押しをする体制に、なることにいたしましょう。

次回、第三木曜日の練習は、Oさんの指導担当の日です。

きっと、また別の視点からの助言を頂いて、5月へ向けてGO!

伸びやかに、しなやかに。
満点の取れるのは、アクセントです。と講評でもお言葉を頂きましたから、そこから、攻めていきますか?
そして、平板の言葉運びと、発声の方法を、学びましょうか。
頂いた講評のメモをプリントしてお渡ししましたから、目を通して、勉強してみてください。

頑張りましょう。

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袴と着物と

2018年03月05日 | 徒然に日々のことを
昨日は、伴吟ということで、袴着用で出かけました。
成果発表会を、参加のみなさんが、ラフに考えるのか、それとも、最高の演出をと考えて出られるのか、うかがい知ることができなくて、最大限、失礼のない姿としては、袴と結論しました。

個人としてではなく、会の代表の一人としての立場になると、わがままも言っていられないので、洋装では、礼をかくのかなぁ、芦孝先生にも失礼になるのかもしれないよねぇと、考えが揺れ動きます。

個人と、指導者と、芦孝会にかかわることと、立場が変われば、目に見える部分で、考え直さねばならないこともあってねぇ。。。

吟詠の男性は、スーツ、略礼服とみなさん洋装でした。
女性は、みなさん着物。

何時も不満に思うのは、「女性は、着物」が当たり前と言う考え方。
そう考えるなら、「男性も、着物」とはならないのが、世の常で。。。

確かに、いつもいうことだけど、男性の略礼服に等しい多くの言葉で説明をしなくて済む服装は、女性には、あってないがごときだから。

最近、吟会でも、女性のパンツスーツが認められたとか、さて、5月の都大会出場の女性は、どのように考えて衣装を決めるでしょうか。



私の、着物着用も、回数を重ねるごとに、着付けの時間短縮してきました。最小限の紐で、崩れない着付けをする勘どころのようなものが、だんだんと、積み重なっています。
習うより、慣れよとはこのこと。


しかし、今日は、袴の丈が短すぎて、遠目に映る鏡を見ると、若者のような袴の着丈となっていました。
前回お世話になった他流の先生が待ちの時にそばにいらっしゃたので、おたずねしましたら、足袋から肌がみえなければよいとのこと。

リハーサル室の大きな鏡に遠目に映った姿は、辛うじて、足袋と袴で、肌は隠れて見えませんでした。
とは言え、やはり、年配者の袴は、短めに着た着物の裾くらいに、長くしても良かったと思いました。


さて、次回があるとしたら、帯の位置、袴の紐結びの位置を、再検討の要有り。
ひょっとしたら、袴丈を長く仕立て直す必要があるのかなぁ?
そうとしたら、たいへんだ!



あとは、襟を汚さないようにするには、目線をまっすぐにして、鏡を見て着ることができるようになること。

そうすると、無駄に顔を下に向けなくて済むから、エリ汚れという被害を受けることがありません。
あ、手ぬぐいで、襟をカバーすればよかったんだねぇ。

それと、なんちゃって襦袢をやめて、ちゃんと着物にあわせた襦袢を着ることなんだけどねぇ。
それには、高価な仕立て代が問題だし、着物だって、タンス屋さんでは、毎回サイズあわせが困難だし。

もう少し、手軽にならないかなぁ。

泣きの涙で、高いクリーニング代を捻出しなくても済みます。
要するに、私の着付けのスキルアップだね。
本を相手に格闘するのは、まだまだ、続く...

できることなら、もう少し首の細長い人に生まれたかったなぁ。
着物着用の達人の友達を見つけたい。

母が生きていたら、そらみたことかと、言われたかも。
あぁそうだ、母はそんな意地悪は言わなかったなぁ。
黙って、今の私のサイズに合わせて、よろこんで、仕立て直しをしてくれただろうねぇ。

遠目に捉え続けてきた着物を、母の17回忌の今年になって、いろいろと、思いめぐらしています。

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伴吟

2018年03月04日 | 徒然に日々のことを
江東区文化センターの合同成果発表会に江東区詩舞道連盟からもエントリーしました。

江東区連に所属する詩吟の会、剣詩舞の会とで、演じる吟詠と剣詩舞の発表です。

私は、「大楠公」徳川斉昭作の伴吟をさせて頂きました。

上背のある若者のフレッシュで勢いのある剣舞の伴吟は、それはまた、刺激的で、興味深く、吟詠にも、若いエネルギーに負けないようにと、頑張りました。

ここでも、吟者は、舞を見ることのできない位置にマイクがあり、もっと強調しあいながらの伴吟でありたかったのですが、「舞は吟にあわせるもの」との考え方で、最後まで統一されました。


小西如泉先生の教室での練習は、舞を見ながら、吟に合わせて手直しあり、舞を尊重した吟詠の調節ありの練習が普通に行われていますから、違和感がありました。

あらかじめ吟詠のテープを送っておき、その音源で、舞の練習をして、当日、リハーサルで、1回合わせるだけの舞台は、舞手の度胸が大いにものを言います。


事前に教場を訪れて、練習をして、お互いに手直しをするなんてことは、ありえないのかなぁ。。。
きっとそんな面唐ネことは、しないんだねぇ。

見えない舞を、音や空気の乱れのようなもので、感じながら、山場で、上手に立つ私の視線に入るところまで剣をエイヤッと、刺し伸ばすシーンは、ドキッとしました。
こんなに吟者に迫ってくるのは、まるで、吟者に対する心意気を示すかのようで、若者らしいと思いました。
ただ、単に舞台が狭かったということではないように、思います。
それだけ、私も、気を入れて吟をしたものと思いたい。


伴吟を好まない吟者も居らっしゃいますが、私の吟詠で、舞が生きるなら、これほど、やりがいのあるものはないと思うのですが...

それぞれの、やり方で、その通りにやりおおせた舞台でした。


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そして、その前年

2018年03月03日 | 詩吟
2010年5月号と6月号では、教場が一つ増えました。
「東京支部は、九つの教場があり・・・」と長らく言っていたのですが、この年、6月に,何を隠そう「夢青葉」が発足し、KANGIN TOKYO NEWSに掲載されました。

まだこの時は、表面だけの1ページでした。

当分は、ひそかに練習をしてと思っていましたが、とりあえず4月から練習をしていますと中央会でご報告したら、さっそく6月号からの掲載となったわけです。

夢見る夢子さんチックな命名でしたが、おかげで、夢見がちなことも、許されて、女性指導者らしい運営で、何んとかここまでこぎつけています。

2010年は、10周年の翌年です。
そして、来年2019年は、東京芦孝会の20周年。

8年で、10の教場が増えたことになります。


東京芦孝会の益々の発展を祈念して、 
      ”フレー フレー とうきょう”


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KANGIN TOKYO NEWS

2018年03月03日 | 詩吟
     KANGIN TOKYO NEWS 2011年3月号


KANGIN TOKYO NEWS 2011年4月号 表面

     KANGIN TOKYO NEWS 2011年4月号 裏面


KANGIN TOKYO NEWS 2018年3月号で、発行第296号となりました。
7月号で、何んと!300号となります。

毎月欠けること無く、300号を続けることは、並大抵のことではありません。
野田会長 金澤広報部長 小室幹事長 の努力の結晶です。


写真は、2011年3月と4月号です。

当初は、1面だけで事足りていた内容も、年々充実し、教室数が増えるにあたって、裏面に教場の開催情報を載せることとなったのが、2011年4月号。
頁が増えることで、さらに、記事が充実してきました。

さて、新年度を迎えるにあたって、教場の数は増えるでしょうか。
楽しみでもあります。

さて、これ以上増えたら、広報部長さんは、また、どれだけの知恵を出さねばならなくなるでしょう?
20周年を前に、嬉しい悲鳴ですね。

あ、20周年を来年と言う目前に控えて、今年は、20番目の教室が、早くも誕生か?!!!・・・・・・・・

  フレーフレー準備中教場さん! ファイト!















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