熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

イアン・ブレマー著「自由市場の終焉」

2012年10月03日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   フランシス・フクヤマが、ベルリンの壁やソ連の崩壊に接して、「歴史の終わり」において、民主主義・資本主義が最終的な勝利を収めたことで社会制度の発展が終わり、人類はあまねく自由民主主義の美徳を認める方向へ進むと、社会科学的論争やイデオロギー論争に最終的な決着がついたと宣言し、その後20年間に、中央や東欧、ラテン・アメリカ、インドネシア、南アフリカなど多くの国々が、代議制民主主義に進歩を遂げて行った。
   たしかに、多くは、資本主義化の道を辿って行ったが、
   EIUによると、民主化について調査対象の167か国の内、「完全な民主主義」は30か国で、「欠陥のある民主主義」は50か国、「民主主義と権威主義の混合」あるいは「権威主義」とされる国は87か国で、数十年にわたって世界的に民主化の潮流が続いた後、民主主義の広がりが止まってしまったと警鐘を鳴らしていると言う。

   しかし、現実には、ロシアや中国は、指令経済から自由市場経済への舵を切ったが、依然、権威主義政治が葬り去られたわけではなく、共産主義の凋落は、自由市場資本主義の勝利を意味してはいないのである。
   世界中の権威主義体制は、市場主導型の資本主義を受け入れて国際競争力を高めようと考えるようになったのだが、経済成長による優勝劣敗をもっぱら市場原理のなすがままに任せたなら、強大な経済力を手にした者によって権威主義体制が脅かされかねないことを憂慮した。
   したがって、権威主義体制は、「指令経済は破綻する運命にある」と悟りながら、自由市場の原則を徹底させた場合に、政府による抑制が利かなくなるのを恐れて、新しい仕組み考え出し、それが「国家資本主義」だと、イアン・ブレマーは言う。

   この仕組みのもとでは、政府は様々な種類の国営企業を使って、国にとって極めて貴重だと判断した資源の利用を管理したり、高水準の雇用を維持・創造したりする。選り抜きの民間企業を活用して、特定の経済セクターを支配する。政府系ファンドSWFを用いて余剰資金を投資に廻して国家財政を最大限に潤そうとする。これらの総ての手段を駆使して、国家は市場を通して富を創造して、上層部が相応しいと考える用途にその富を振り向ける。

   しかし、大元にある動機は、経済ではなく政治に関係したもので、国民の福利厚生を向上させるなどと言うのは副次的であり、経済を最大限に成長させることよりも、国力ひいては体制の権力を保ち、指導層が生き残る可能性を最大化することを目指している。
   尤も、この体制も、資本主義の一形態ではあるが、国家が経済主体として支配的な役割を果たしていて、あくまで政治面での利益を得るために市場を活用するものであって、欧米日の自由主義先進国とは似ても似つかない国家資本主義である。
   ところが、この国家資本主義が、中国、ロシア、サウジアラビアやアラブ首長国連邦などのアラブ君主国を筆頭にして、どんどん勢いを増して来て、自由市場資本主義の脅威となりつつあり、この国家資本主義に対してどのように戦うかが、我々の直面する極めて重要な課題である、と言うのが、プレマーの主張である。

   原書のタイトルが、The End of the Free Market: Who Wins the War Between States and Corporations ?なのだが、自由市場の終焉の(END)と言う単語に危機感が漂っていると言うば、言えないこともない。
   2008年金融危機に起因した世界的大不況によって、自由市場資本主義が、窮地に立って大きな転換点に直面した直後であった所為もあって、多少、弱気だが、先に”「Gゼロ」後の世界”で紹介した様に、アメリカさえしっかりすれば、世界秩序は、十分に維持できると言うのがブレマーの見解であるから、ENDなどとは努々思ってはいない。
   翻訳本では、最後の2章は、「世界が直面する難題」「難題への対処」となっているが、原書では、The Challenge, Meeting the Challengeとなっていて、ニュアンスは暗くなく、多少、細々とした対処法にも触れているが、いずれにしろ、自由市場資本主義を死守すべく、現下の経済不況を如何に乗り切って繁栄に導くかに、当面はこれにかかっていると説いている。

   ところで、先月末に、オバマ米大統領は、西部オレゴン州で風力発電所建設を計画する米企業4社を買収した中国系企業に対し、米国の安全保障にかかわるとして買収を認めず、全ての利権を手放すよう命じたように、以前のユノカル買収阻止と同様に、米国は、「安全保障」を理由に、国家資本主義国の企業のM&Aに神経過敏になって、買収阻止を続けている。
   これは、ブレマーの主張する自由市場原則に反しており、むしろ、このような愛国心に根差した反発が、SWFの投資意欲を阻害して、アメリカが次の発展段階へと導いてくれるはずの巨額資金に門戸を閉ざすこととなって、必要な時に頼る先がなくなってしまう心配の方が現実的で恐ろしいと言っている。
   ブレマーは、アメリカの軍事力が、中国のそれをはるかに凌駕しているので、中国は脅威ではないと論じているが、資金流入以前の問題として、現実的には、謂わば、アメリカは、膨大な財務省証券を保有する中国からの借金に頼りに頼って花見酒の経済を支えているのであるから、生殺与奪の権を中国に握られてしまっているといっても過言ではない。
   呑気なことを言っていると、賢くて初めて実質的に覇権を握ろうとする中国であるから、ひとたまりもなく、足を救われてしまう筈である。

   日本より国家債務の率が少ないギリシャやスペインが、経済的窮地に立って苦しんでいるのは、債務が殆ど外資に握られているからであろう。
   仮想敵国に、多くの債権を握られていながら安閑とし続けられるのは、流石に大国アメリカだからだと言えなくもなかろうが、中国からの借金地獄から解放されるのは、インフレとドルの暴落と言うアメリカ経済が壊滅的危機に遭遇した時かも知れないと思うと、この国家資本主義論の恐ろしさが実感として身近に迫って来て興味深い。
コメント
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