熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

萬狂言・・・「萩大名」「栗燒」「業平餅」

2012年10月09日 | 能・狂言
   四季ごとに開かれる萬狂言秋公演が国立能楽堂で行われた。
   今回は、ファミリー狂言の方は失礼したのだが、やはり、狂言の素晴らしい舞台を3曲、じっくりと鑑賞すると、結構、狂言の重さを感じて感激する。

   シテ/太郎冠者・野村萬、アド/主・野村扇丞の「栗燒」は、先月、国立能楽堂の定期公演で観ているので、再び、野村萬の正に一人舞台で独壇場の至芸とも言うべき舞台に接して、感激を新たにした。
   この「栗燒」は、萬の太郎冠者が、栗を焼いたり栗を食べる姿が秀逸。
   台所で扇子を使って器用に炭火を起して栗を投げ入れ、ポンと跳ねるので、芽をかいてまた投げ入れ、焼けると、「熱や、熱や」と耳に手を当てながら這う這うの体で栗を拾い上げて、吹いて冷まして両手でかき寄せて揉んで皮を剥く。客に風味を聞かれて応えなければ恥だと小さな栗を食べるのだが、美味しくて止められずに40個全部食べてしまう。
   面白いのは、食べてしまった言訳で、竃の神夫婦と公達34人が出て来たので、栗を与えて主の富貴栄華を願ったと、謡いながら仕方舞で答えるのだが、残りの4つについては、一つは虫食い、残りは、逃げ栗・追ひ栗・灰紛れで失せたと言って、おはずかしう候と謝る。
   これだけ、しっかりした太郎冠者の素晴らしい演技と舞、それに、機知にとんだ話術の冴えを鑑賞してみると、少し、狂言観が変わってきたような気がする。

   もう一つ、印象が変わったのは、最後の「業平餅」で、狂言の登場人物は、太郎冠者を筆頭に、大名にしろ山伏にしろ僧侶にしろ、はっきりしない人物が普通なのだが、この舞台には、実在の在原業平が、随身たちを引き連れて登場するのである。
   業平(万禄)が、玉津島神社へ参詣の途中、名物の餅を売っているのを見て、どうしても食べたいのだが、身分が高くてお金などを持ち合せていない。餅屋(小笠原匡)が、三宝に載せた餅を差し出すので、誰にでも与えるのかと聞くと、おあし(銭)を頂ければと言うので、足を出し、その足ではなく、料足だと言うと、両足を出す。餅屋が、鳥目だと言うので、そんなさもしいものは持たんと言って、餅代として歌を詠んでやると言って、餅のめでたい物語を聞かせ、餅尽くしを謡い舞うのだが、餅屋は、あくまで代金を要求して、餅が食えずため息をつく。
   名前を聞いて、業平だと知った餅屋は、自分の娘(吉住講)を宮使いさせてくれれば、と言って娘を呼びに行っている間に、業平は、夢中で餅を頬張る。業平は、被き姿の女を気にって妻に迎えるのだが、無理に、被きを取ってみると、(乙の面をつけた)ブス女に仰天。居眠りをしていた傘持ち(炭哲男)を叩き起こして、嫁を紹介すると押し付ける。二人で押し付け合いして逃げる後を、業平にゾッコンの娘が追いかけて幕。
   業平の万禄は、嫋やかでノーブルなキャラクターを実に大らかに上手く演じていた。
   「妙音へのへの物語」で今出川中納言を演じた逸平の平安貴族が実に良かったので、逸平の業平も是非に観たいと思っている。

   旱魃で困っていた時に、小野小町が歌を詠んだら雨が降り、褒美に餅を貰ったので、それから、餅を、「かちん(歌賃)」と言うのだと、 業平が、学のあるところを謡って説明してみても、教養のない餅屋には、何のことか分からないし、おあしを足と勘違いする業平も業平だが、とにかく、知的水準と生活空間、価値観の差を、笑い飛ばす狂言のアヤが実に面白い。
   ところで、餅屋も、業平が、好色で有名だと言うことだけは知っていて、餅代の比ではないのだが、娘を差し出すあたりの計算高さも興味深いが、業平のいい加減さも、如何にも大らかで良い。
   業平一行は、それなりに、衣装を着けた井出達で、舞台が華やかになって、シンプルな狂言の舞台とは、一寸、違った雰囲気であった。

   さて、この口絵写真は、当日の国立能楽堂の中庭の宮城野萩で、穂を開いた薄をバックにして、一株こんもり咲いていて、緑一色の庭に映えて、中々風情があって良かった。
   狂言の代表曲とも言うべき「萩大名」には、非常に似つかわしいセッティングである。

   この「萩大名」は、遠国の大名(万蔵)が、京都での訴訟を無事に終えて帰国前の遊山に、太郎冠者(野村太一郎)の勧めで、清水坂のとある茶屋で、咲き誇る萩を鑑賞することになるのだが、茶屋の亭主(祐丞)に必ず、当座(その場で即興で歌を詠む)を求められるので、教養のない大名は、太郎冠者に歌を教えて貰って出かけるのだが、散々失敗して恥をかく話である。
   庭に着いて、庭を褒める話から、教養のなさを暴露し、傍で助け船を出しても教えた歌がまともに詠めないので、怒った太郎冠者はさっさと退場してしまい、助け船を失ってしまった大名は、最後の句が詠めない。
   詠まねば帰さぬと亭主に引き回された大名は、「太郎冠者が、向こうずね」と詠んで、亭主に叱られて、「面目もおりない」で幕。

   万蔵の大名は、中々、大らかで、一寸、モダンな香りのするユーモアの味があって面白かったし、太一郎の太郎冠者は、若さあふれる一直線のストレートな演技が良かったし、祐丞は、正に、ベテランの味。
   岩波の「三人三様」の萬斎の巻で、千作が、武骨で人の良い無風流なと、大名を表現しているのだが、千作の大名は、是非見たかったと思っている。

   大名が、見所を庭に見立てて、見まわしながら、木や石などの状況を語り始めるのだが、私は、京都の古社寺の庭園を思い出していた。
   勿論、この曲の茶屋や料亭にも、大きくて綺麗な庭園があるのだが、ここしばらく京都には行っていないので、懐かしくなったのである。
   
   
   
   
コメント
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