熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

伊藤元重著「流通大変動」

2014年09月23日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   日本経済の動きは流通の現場に集約されていると言う視点に立って論じられた、いわば、戦後の日本経済史と言うべき興味深い本である。
   アマゾンのレビューで評価が低いので、読んで見たら、周知の事実、知っていることばかりだなどと酷評だが、何も分かっていない読者のレビューの程度の低さを露呈しただけ。

   本書は、小売業・流通業に踏み込んだ国際経済学者が、日本経済史を踏まえながら、グローバルベースで日本の流通大変動を展望し、良くも悪くも日本経済が辿って来た道を、綜合した概説書であって、随所で、著者の国際経済学者としてのバックボーンである豊かな知見が示唆に富んでおり、
   日本の政治経済社会が、どこへ行くべきなのか、我々が、ここでじっくりと考えるのに参考となる、非常に時宜を得たレポートだと思っている。
   切り口は小売り流通だが、扱っているのが、少子高齢化、ICT革命、都市化、グローバリゼーション等々歴史の大きな潮流を、広い視点から網羅して俎上に乗せており、消費者、すなわち、国民を起点とした考察であるので、格好の課題提起となっている。
   私など、自分自身が歩んできた道なので、走馬灯を見ているような感じで、読ませて貰った。

   冒頭、著者は、大店法で維持されていた旧態依然たる静岡の小売業態が、大店法の規制緩和によって、大型店やコンビニの進出で切り崩されて行く様子から始めて、熾烈な競争を促進し小売業の競争構造が大きく変わって行く現実を、日本版GMSのダイエーの価格破壊を引いて、流通革命の幕開けを語る。
   ビジネスモデルが時流に合わなくなってバブル崩壊後凋落したものの、ダイエーが、1972年に創業以来十数年で売り上げで三越を追い抜いたことはエポックメイキングであったのみならず、その軌跡は、イノベーターとして日本経済に残した功績の偉大さを語って余りある。

   さて、少子高齢化と同時に、日本経済のみならず、国内の消費市場の成熟化によって、需要が頭打ちとなった今日、製品で差別化するのが難しい小売業にとっては、如何に独自のビジネスモデルを確立して競合他社との違いを出すかが鍵となる。
   これまでのように、顧客を増やそうとする狩猟型ではなくて、今付き合っている顧客とより深く継続的に取引を増やして行こうとする農耕型のビジネスモデルを構築することが重要になってきており、スーパーやコンビニまで、ICT技術を駆使して、ネットスーパー・システムを拡大していると言う。
   ネットショッピングによるダイレクトマーケティングのビジネスモデルを構築した立役者は、ヤマト運輸であって、その宅配システムが、ICT革命の潮流に乗って急速に発展拡大して、流通革命の核となっている。

   もう一つの興味深い価格破壊は、ユニクロ現象である。
   このビジネスモデルは、SPA(specialty store retailer of private label apparel)と呼ばれる業態が基本となっていて、小売業でありながら、製品の生産から物流までのトータルの仕組みを主導権を持って決定するシステムで、
   徹底した少品種多量販売の自社ブランドで勝負するところに特色があり、最先端の繊維を東レから大量に購入し、アジアの際だった低コストで生産するために、非常に安い価格で売りながら、高い小売りマージンを稼ぎ出す。
   店舗数、ブランド認知、アジアでの有力法制工場の手配、メーカーからの新製品の調達等々一気通貫のワンセット・システム、すなわち、先日レビューしたシンシア・モンゴメリーの「企業の競争力や独自性の土台となる”価値創造システム”のユニクロ版の構築であり、
   正に、「創造的破壊」であるから、他の追随を許さない。

   かって、百貨店の背広販売を震撼させたアオキや青山のシステムだが、快進撃のZARA、H&M、フォーエバー21も、このSPAでもある。
   トヨタ同様に、ローエンドから破壊的イノベーションに突入して行ったユニクロだが、クリエイティブ時代の今日、独創的で質の高いデザイン性やファッション性で、更に力をつけて時の潮流に乗ってブランド力を涵養して行けば、どのようになるのか、流通革命の更なる進展となろう。

   
   昔から、競争優位に立つためには、マイケル・ポーターの競争戦略が説く「事業が成功するためには低価格戦略か差別化(高付加価値)戦略のいずれかを選択する必要がある」と言う考えに立って、価格で勝つか、差別化で勝つか、二者択一であったが、
   W・チャン・キムとレネ・モボルニュが「ブルーオーシャン論」を展開して、競争のない未開拓市場であるブルー・オーシャン市場の開拓を説いた。
   全く無消費、無競争の新製品や新サービスを生み出せと言うことで、これこそ、シュンペーターの言う創造的破壊であり、クリステンセンの破壊的イノベーションであるのだが、伊藤教授の語る流通大変動は、正に、このブルーオーシャンとも言うべき新しい価値創造システムの軌跡であった。
   ダイレクトマーケティング、GMS,プライベートブランド、ストアカードなど、流通産業におけるイノベーションの多くを生み出し一世を風靡したシアーズ・ローバックでさえ、everyday low priceのウォルマートに駆逐されてしまったのだが、その超巨大なウォルマートでさえ、今や、ICT革命によって情報権を奪って主導権を握った消費者パワーの前に魅力を失いつつあると言うのである。
   正に、イノベーターのジレンマそのものである。

   スティーブ・ジョブズのアップルが何故あれだけ儲かるのかで、チャネルリーダーの地位の確保の重要性を説いているのだが、これは、かって良く議論されていたグローバル・スタンダード、デファクトスタンダード(de facto standard)を確保せよと言うことに相通じる考え方で、謂わば、winner-takes-allのイノベーションの完結体であり、かつ、システムのリーダーであるから、その確立は非常に難しい。
   伊藤教授は、メーカーと小売業との間の価格決定権、生産販売の企画主導権、流通ルートなどの問題点について、系列店とリベート、再販制度、プライベートブランド、直販、自動販売機等々身近な例を挙げて説明しており面白い。
   私自身は、これから、もっと、興味深くなるのは、ビッグデータやクラウドで、益々、ICT革命の恩恵を受けてインターネットで情報装備した消費者パワーの炸裂で、流通市場においても、主導権、チャネルリーダー権を確保するであろう消費者の動きではないかと思っている。

   政治の分野でも囁き始められているインターネット民主主義もそうだが、情報と知の爆発と言う未曽有の事態に直面して、人類はどう対応するのか、気の遠くなるような話が、我々の眼前に広がっている。
コメント
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