熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

アルビン・E・ロス著「フー・ゲット・ホワット」

2016年05月16日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   経済学で、最初に学んだのは、商品の価格は、その商品に対する需要と供給によって、すなわち、右下がりの需要曲線と右上がりの供給曲線の受給曲線の交点で、価格が決まり、その動きによって需給が決定されると言う理論であり、確かに、多くの商品やサービス市場において、この理論が成り立っている。
   しかし、現実の市場は、もっと複雑であり、モノやサービスの配分が、価格だけでは需給のバランスが取れないことがあって、その調整のためには、マッチング(組み合わせ)の側面から解決しなければならないことが沢山ある。

   この本(Who Gets What and Why: The New Economics of Matchmaking and Market Design)は、このマッチメイキング理論(「安定配分理論と市場設計の実践に関する功績を称えて」)でノーベル経済学賞を受賞したアルビン・E・ロス教授の非常に興味深い本である。
   学校選び、就活、婚活、臓器移植等々、最適な「組み合わせ」が世界を変える。と言う、これまでの経済学とは全く毛色の違ったマーケット理論であって、現実に多くの問題を解決しており、実生活の役に立つ経済学であるところが面白い。

   A Nobel laureate reveals the often surprising rules that govern a vast array of activities — both mundane and life-changing — in which money may play little or no role.

   まず、マッチング理論とは、ロス教授の学生であり同僚である解説者の小島武仁准教授によると、
   様々な好みを持つ経済主体をどのように引き合わせるかや、限られた資源をどのように人々に配分するかを研究する理論である。
   人と人、人とモノ・サービスをマッチさせるマッチメイキング理論を応用して実際の制度をどのように設計すれば、最適な「組み合わせ」が実現できるのか、この「マーケットデザイン」が重要であり、その制度設計について、この数十年で得られた理論や実地の経験を踏まえたその提案や実装について、興味深いケースを取り上げて論じている。

   面白いのは、このマッチング理論の発祥は、ノーベル賞学者シャープレーとゲールによる、不倫や離婚の危険をなくす組み合わせ、不満の出ない結婚相手を探し出す数学理論によって編み出された「受け入れ保留方式」だと言うことである。
   この数学的なパズルの経済的価値が、ロス教授が立ち上げた米国の「研修医マッチング制度」のアルゴリズムと殆ど同じで、象牙の塔で研究者が抽象的な数学理論を駆使して導いた結論が、単なる空想ではなくて、現実に本当に使えるものであることが発見された。
   デジタル革命の後押しもあって、マッチメイキングと言う複雑な問題が、数学モデルで分析できると言うことが分かってくると、現実の制度の理解に加えて、より良いマーケットの制度のデザインが可能になってきたのである。

   さて、冒頭で、ロスは、ユダヤ教のラビが、万物の創造主は天地創造の後、一体何をしているのかと聞かれて、マッチメイキング(縁結び)を続けていると答えていて、円満な結婚が、如何に重要で難しいか、「紅海を割るのと同じほど難しい」のだと述べている。
   私も、最初に覚えたのは、結婚の仲人; 結婚斡旋人を意味するmatchmakerと言う単語で、あの「屋根の上のヴァイオリン弾き」でも登場する。
   このような求愛とベターハーフの選別は勿論、誰が最高の大学に入るのか、誰が最高の職に就くのか、どの末期腎不全患者が希少な移植用臓器を提供されるのか等々、人生においては、マッチングによって決められる重要なことが結構多くて、それが殆ど、マネーが絡まない組み合わせであると言うのが面白い。
   需要と供給が一致する価格で売り買いされるコモディティの市場にばかり焦点を当てていた経済学者が、金銭など全く絡まない様な腎臓提供や名門幼稚園への入学など、マッチングプロセスをデザインして希少資源の最適配分を追及すると言う画期的な道へ踏み込んだのであるから、実益のみならず、非常に興味深い。
   私など、男女の愛については、いくら精緻なコンピューターによる数学モデルの結果よりも、成功不成功は別として、一目惚れ・直覚の愛の方を信じたいのだが、この本を読んでいると、マッチメイキングによるマーケットデザインが、如何に、有効で効果的かが良く分かる。

   ロス教授は、ボストンやニューヨークの高校選択プロセスで、医学生の「マッチング」同様の「受け入れ保留アルゴリズム」を基本としたコンピュータ化されたクリアリングハウスの設置による制度を提案して成功している。
   ニューヨークの公立高校では、9万人の生徒の出願に対して、十分枠があるにも拘らず、三回の選考ラウンド終了時にも、3万人もの生徒が志望校への入学が決まらずに、最後には事務局によって適当に学校が割り当てられると言う状態であったのを、集中管理で解決したのである。
   日本もアメリカも同じで、生徒は良い志望校に入りたいし、学校は良い成績の生徒を取りたいので、成績の良い生徒は、複数の高校に合格する。最善の両者のマッチングプロセスを進めて決めて行ったので、抜け駆けも、裏口ルートも消えたと言う。

   余談だが、興味深いと思ったのは、日本同様にアメリカでも、地方の病院に、若いインターンや研修医が集まらない、地方の医師不足のことが問題となっているようだが、この問題については、いくら試みても、安定マッチングは得られないと匙を投げている。ことである。
   最新の診断・治療用機器を駆使して、さまざまな病気を持つ多くの患者の治療に関わりながら仕事を覚えられる大都市の病院を好む傾向があり、医師の将来のキャリアを大きく左右する最初の仕事としては、給与は望ましさの最も重要な基準には程遠いので、いくら給与を上げてみてもダメである。
   地方の病院にとっては、キャリアがすでにある程度固まった中堅の医師を雇う方が良い。と言うのである。
   日本でも、赤ひげのような人格高潔な人を探し出さないとダメだと言うことであろうか。
   マッチメイキングでも、マーケットデザインできない世界もあると言うことが興味深い。

   この本だが、良きマッチメイキングについて、色々な切り口からアプローチしていて、シグナリングでは、クジャクの羽から恋愛のシグナリングの話や、オークションでは、オランダの生花のオークションは、スキポールから即時空輸されるので時間が命であるから、取引時間短縮のために、下げオークションであるなど、興味深い話が随所に展開されていて、とにかく、面白い。
   この「ダッチオークション」だが、私自身、スキポール近郊のアールスメール花市場 のオークションを見たので知っているが、針が高い金額から急速に下がって行くので、瞬時に落札が決まり、流石に、オランダだと思ったことがある。

   この本は、タイトル通り「マッチメイキングとマーケットデザインの新しい経済学」で、私の学生の頃の経済学とは様変わりの経済学の本である。
   ケインズやフリードマン、シュンペーターやガルブレイスなどに没頭していたあの頃にはなかった、行動経済学や複雑系経済学などの新しい分野も面白そうだし、老骨に鞭を打って、もう一度学校に帰りたくなっている。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする