熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

広谷鏡子著「恋する文楽」(2)

2020年06月13日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   この本を読んでいて、同じ古典芸能でも、歌舞伎について書いているところもあるが、徹頭徹尾、文楽一辺倒である。
   私など、気が多いのか、一つに入れ込むという心境が分からない。
   元々、クラシック音楽からオペラファンとなり、そして、ロンドンに行ってから、シェイクスピア戯曲鑑賞が加わり、日本の古典芸能に趣味が移ったのは、日本に帰ってきてからで、それでも、25年以上になる。
   その切っ掛けは、ロンドンに居た時に、ジャパンフェスティバルで、歌舞伎や文楽、そして、狂言を見て興味を持ち、日本に帰れば、ロンドンなどヨーロッパのように、良質なオペラやクラシック・コンサート、シェイクスピアなどヨーロッパの芝居などを見る機会が一気に減ってしまうので、それなら、日本の古典芸能、まず、歌舞伎と文楽に通おうとしたのである。
   ここ、10年弱は、能・狂言、それに、落語にも興味が移っているので、私の観劇趣味は、だぼ鯊状態と言えようか。

   ロンドンで見た歌舞伎は、染五郎(現幸四郎)の「葉 武 列 土 倭 錦 絵 (ハムレット)」、玉三郎の「鷺娘」勘三郎の「春興鏡獅子」そして二人の「鳴神」
   文楽は、住大夫、玉男、文雀たちの「曽根崎心中」
   狂言は、万作、萬斎の「法螺侍(ファルスタッフ)」
   今考えても、最高峰の舞台であったので、イギリス人の友人共々、感激するのは当然であった。

   さて、著者の文楽への傾倒は、並大抵ではなく、地方の内子座や湯布院文楽、康楽館などへも追っかけをやっていて、観劇記の幅の広さ深さ豊かさが興味深い。
   私も、文楽は、やはり、大阪なので、国立文楽劇場に行って大阪の雰囲気を濃厚に醸し出してくれる観劇環境にどっぷりつかって、同時に、ふるさとでもある関西旅に時間を取るのが楽しみであった。
   一度だけ、金比羅の金丸座を見学して歌舞伎を観る機会を得たいと思っているのだが、まだ、果たせていない。
   もう一つ、残念だと思っているのは、ヨーロッパでは、多くのオペラハウスでオペラを見ているのだが、8年も居ながら、遂に、バイロイトでワーグナーの楽劇を鑑賞できなかったこと、
   シェイクスピア劇でも、本来のふるさとの雰囲気というか、ストラトフォード・アポン・エイボンの「スワン座」なり、「恋に落ちたシェイクスピア」の舞台になった16世紀の劇場を再現した「グローブ座」で鑑賞するのは、特別な感慨を覚えて、二重にも三重にも、シェイクスピアの魅力を堪能できるのである。

   ところで、「出す出さない」で、人形遣いが「出遣い」で、主遣いが、黒衣ではなく顔を出して人形を遣うことについて、京都の染物屋の主人と問答になったとして、自身は、演じ手としての人形遣いを観に行くのであって、それが、文楽の楽しみである。と語っている。
   人形遣いの、人形と一緒になって歪む顔、悲しみを堪えた表情、額に光る汗、余裕のある顔つき、ぎゅっと結んだ唇・・・これらの表情総てが、人形を引き立たせ、人形と共に舞台の中で映える。そこがたまらない。と言うのである。
   実際には、生理的な表情はともかく、人形遣いは無表情を貫き通すはずで、演技することはないのだが、玉男の表情などを見ていると、熱演で脂汗が光っていることがあって、凄い迫力を感じることがある。
   私も、出遣いについては、異論はないし、琴責めの阿古屋など、人形遣い3人とも出遣いで、人形の豊かな表情がよりビビッドになって良いと思っている。
   第一に、スターとしての人形遣いを観に行くと意味もあって、簔助や和生などが、黒衣で顔を隠して登場するのなどは観たくないと思っている。
   これは、能の舞台でも同じように感じていて、「安宅」の弁慶のように、シテが直面で、能面のように無表情で、面をかけずに舞う姿など、感動して鑑賞させて貰っている。

   さて、面白いのは、この文楽鑑賞の初めに、失恋しつつある予感を感じながらの観劇シーンを語っていることで、
   もうワンシーン、彼との観劇記が、文楽鑑賞記よりも読ませてくれること。
   「文楽? 今度連れて行ってよ」と言われた、一寸気になるあの人を誘って、「摂州合邦辻」を鑑賞。
   玉手が浅香姫を嫉妬のあまり殴るは蹴るはを観ていて、そんな女心のいじらしさが、今や老女形バリバリの自分には大いに共感できて、やれーやれーと応援している心の内を、隣に座っている彼に見透かされたかどうか。
   前に「酒屋のお園」の話をしたとき、「うちなんか子供ができてからずっとセックスレスだよ」なんて言われてドキドキしたけどちょっと嬉しかった。
   「どうでした?」と尋ねたら、「玉手、いいよね。浅香姫より絶対好きだなあ」。何故か凄く嬉しい。
   はねた後は、二人とも芝居の熱気に興奮して、杯を重ねてしまった。ちょっと怪しいムード。ま、いいか。
   これだけのことだが、この本のどの部分よりも、観劇記としては面白い。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする