ジャカルタ撮り鉄シリーズはまだまだ続きますが、ここらでちょいとジャカルタを離れてみましょう。
インドネシアの大都市近郊輸送は、如何せん鉄道網の整備が十分ではないため、バス・ミニバスに頼る部分が非常に大きくなっていますが(それ以上にバイク利用者が余りにも多過ぎ、突進して来るバイクをかわしつつ道路を渡るのが結構怖い……-_-;)、鉄道も一応それなりに走っております。とくに、地方の大都市では3等オンリーの客車列車が走っているほか、1980年代に日本で(確か)製造されたセミクロスシートのDCが、足が速い・シートにクッションがあるという理由で2等=ビズニス車両として位置づけられ、近郊快速列車として各地を走っているようです。
今回日帰りで訪れた西ジャワ州の州都・バンドゥンでも、1~2時間間隔で近郊快速DCが設定されており、ジャカルタからの特急「パラヒャンガン」を下車したのち駅の待合室で時刻表を見てみたところ、20分ほど待つとバンドゥン東郊外のチチャレンカからの列車が到着するとのことでしたので、駅東側にある跨線橋(歩行者専用)に上って、道行く人々の好奇の視線に耐えつつ (^^;) 待ち構えてみました。すると……4両編成の黄色いDCがご登場!
眼下を通り過ぎる列車を速攻で後追いしてみたのが2枚目の画像。バンドゥン駅にしずしずと到着するシーンです。インドネシアの地方都市の駅は、シブい駅舎・雨風を避けるためのレトロなホーム上屋・周囲の緑豊かな植え込みがセットになった、何とも趣深い駅が多いような気がします(*^^*)。
いっぽう、肝心のDCは……製造された時代が時代だけに、何やらキハ47の3扉ガラベンバージョンという気がしますね~(笑)。バンドゥン近郊用として配置されている車両は黄色+グレーに塗装されていますが、ネットやインドネシアの鉄道雑誌『Kereta Api』などを見ていますと、さらに東のスマランやスラバヤに配置されている車両はもっと異なる塗装となっているようですので、機会があれば是非訪ね歩いてみたいものです(時間がいくらあっても足りなさそうな……汗)。
そんな日本製DC陣の活躍に対して、最近は新興勢力が台頭し、何やら混沌とした雰囲気が……(^^;)。1990年代に製造されたジャカルタの「一つ目小僧」VVVF車は、最近の日本製中古冷房車の投入や保守面での問題によって相次いで離脱し、今やジャカルタでは圧倒的少数派になってしまいましたが、こうして捻出されたVVVF車の車体を流用し(但しマスクは改造^^)、別に新調した発電用エンジンとVVVFの走り装置を搭載した近郊用電気式DCとして各地に進出しつつあるようです。(バンドゥンで近郊快速列車に入っているシーンは↓をどうぞ)近郊列車網の拡充として、日本製DCともども活躍するのか、それとも日本製DCが行く行くは置き換えられてしまうのか……気になるところです。
バンドゥン駅で停車しているシーンを撮ろうと近づいたところ、イキナリ発車してしまいましたので、こんな正面ド逆光(→無理矢理レタッチ)、床周りもよく見えないダメ画像で失礼 (^^;
【おまけ】バンドゥン市内を走る路線バス。1970年代の日本のモノコックバスには、確かこんな感じのマスクの車両もあったような……。とにかく懐かしさで1枚パチリ。