地味鉄庵

鉄道趣味の果てしなく深い森の中にひっそりと (?) 佇む庵のようなブログです。

老いたる王者・富士&はやぶさ

2006-10-25 21:41:38 | 国鉄型車両


 某国における、権力をひけらかさんばかりの最新グリーントレインに対して、日本はブルートレインで対抗だ!と思ったのですが、肝心の寝台列車をめぐる現状はお寒い限り……。かつて東海道線の東京口では午前中と夕方に当たり前のように見かけた寝台列車も、先のダイヤ改正から大幅に整理され、すっかり陰が薄くなってしまったように感じます。カシオペアやサンライズへのテコ入れを除けば、14系や24系がこのままどんどん老朽廃車となり次第、寝台列車というジャンル自体がなくなってしまうのかも知れないという危惧が……。



 そういうわけで最近は、東海道線を利用する機会を見つけて、東京へ向かってラストスパートする「富士&はやぶさ」の姿を記録するよう努めています。かつて大学生時代までは、機関車に牽引された存在感たっぷりの寝台列車は乗りたくても絶対に乗れなかった高嶺の花でして(父母の出身地も近場なので、特急列車を利用する機会は学生時代までほとんどありませんでした)、そんな心のどこかに大きくひっかかったコンプレックスが私をますます私鉄派にしたことは否定できませんが (^^;)、北海道初訪問は「北斗星」で果たし、大阪出張は「銀河」に乗るように努め、そして九州・韓国初訪問はそれぞれ今はなき「あさかぜ」のA個室寝台を利用するに及んで、遅まきながらブルートレインへの愛着が湧いてきました。
 とは言いながらも何のかの言って思い出深い「あさかぜ」を撮っていなかったり……という失態もありますので、とにかくEF66牽引で東京に顔を出す最後の一往復になった「富士&はやぶさ」については、いつか恐らくやって来るであろう廃止の報で撮影スポットが大混雑に陥る前に、きっちり記録しておこうと思っています。
 しかしそれにしても……「富士&はやぶさ」のA個室寝台は「あさかぜ」に比べてスペックが大幅に落ちるのであまり個室料金を払いたくないですし、「ソロ」は背の高い私には狭く、普通のB寝台はヤな客と近くになったら1000km以上の旅がつまらなくなる……といった問題があり、実は未だに乗ったことがありません (^^;)。登場からいつのまにか時間が経ち、スペック的に魅力がなくなり、長時間を費やしてでも乗ってみたいと思えるような列車ではなくなってしまったことが、東海道・山陽ブルートレインの凋落の原因であるという議論は、全くその通りなのでは……と思います (-_-)。かと言って今さら、バラバラに分かれたJRが共通企画の客車列車を作るとも思えず、既に老朽化しつつある牽引機をどうするのかという問題もありますし……。

青蔵線ラサ駅にて (3) レアな「雪域神舟」

2006-10-23 00:01:04 | 中国の鉄道


 この週末に発売となった鉄雑誌最新号のうち、RJ誌とRM誌が青蔵線を取り上げていました。ただ、RJ誌は観光と帰路の話がメインで、RM誌はいつものように表紙で煽っておきながら中身はそれほどでもなかったりと、必ずしも車両派・撮り鉄派にとって十分満足の行くものではなかったような気がするのは気のせいでしょうか (^^;)。
 当ブログではそんな、いま話題 (?) の青蔵線に関する話題をお届けしてきましたが、とりあえずラサ駅以外では撮っていないので今回で完結です (^^;)。その最終回の目玉はこちら……東風8B型9000番台の超レア塗装・「雪域神舟」バージョン! 9001と9002の2両がこの塗装で、9003以降の車両は中国の他の東風8Bと同じ紺+クリーム+赤帯の特快塗装となっていますので、僅か2両しかないこのバージョンを1000km以上もあるゴルムド~ラサ間で見つけて撮影するのは至難の業だと思われます。しかもどの営業列車も3重連であることから、必ずこの「雪域神舟」が先頭に出るとは限りませんし……。
 というわけで、↑の画像を撮影できたのは非常に貴重な機会ではありましたが、これも機務段の入り口から超望遠撮影し、さらに大幅にトリミングした結果に過ぎませんので、近くに寄って大写し出来たわけではないのが残念……。
 それはさておき、「神舟」とは何ともはや、かの有人宇宙飛行を行った「神舟6号」に刺激されてのネーミングなのでしょう。しかもわざわざチベット語まで併記されています。そんなスペシャル塗装にした割にはその後増えなかったのは、やはりチベット語を記入するのが面倒だったからでは?と勘繰っています(苦笑)。



 いっぽう、青蔵線のスペシャル塗装といえばもう一つ、この酸素供給装置付き客車を取り上げないわけには行きますまい。青蔵線の新規開業区間は標高4500m以上の区間が延々と続き、最高地点は5072mであり、海抜が低いところに住んでいる人間にとっては酸素が余りにも薄く、高山病の危険ともろに隣り合わせの過酷な路線であることから、カナダの航空機・鉄道車両メーカーであるボンバルディア車との合弁により、床下に酸素供給装置・与圧装置を備えた豪華な車両を製造し投入しているわけですが、その基本的なベースとなっているのは、最近大都市間のノンストップ豪華特急列車用として集中投入されている25T型です。
 しかしまあ……夏の開業を控え、一体どのような塗装とスペックを備えた車両を投入するのか、ネット記事を注視していて心底驚いたのは、最近の中国国鉄の車両がどんどんカラフルになりつつある中で敢えてかつての標準塗装であるダークグリーンを採用したことです。
 中国国鉄のダークグリーンの車両といえば、これまで当ブログでもご紹介している通り、車体強度を上げるためのコルゲートが入った計画経済時代以来のボロ客車・22系がパッと思い出されるわけですが、他に90年代中頃から猛烈な勢いで増備が続く25系客車の中でも、低所得層輸送用として製造された非冷房2段窓の25B型もダークグリーンを踏襲しているなど、総じてこの色は「人民列車」を代表しているような印象があります。
 というわけで私は当初、国際的にも注目を浴びる豪華観光列車を作る以上、間違ってもこんなダークグリーンはあり得ず、たぶんチベットの自然に合わせた新塗装を用意するのではないかと予想していたのですが、見事にハズレてなおさらショック(笑)。
 しかしよくよく考えてみれば、共産党の要人輸送用に用意されている「専運」列車も、やはり最新の設備ながらもダークグリーンを纏っているわけでして……。そこで、ダークグリーンは決して計画経済時代の遺物や「貧困人民列車」の象徴というにとどまらず、あくまで「共産党が支配する国」を最も象徴する塗装であるという風に考えれば、中国共産党政権が独立論くすぶるチベットに対する国家主権の行使として執拗にこだわって建設したこの鉄道の列車にもダークグリーンを塗るのはある意味もっともらしい、と考えることも出来ます (-_-;)。
 というわけで、中国の大都市とラサを直接結ぶシンボルとしての使命を帯びた、何やらいろいろな思惑を漂わせた列車が、こんな感じでゆっくりと私の目の前を走り去って行ったのでした。脳天気に笑顔を見せ合う観光客の大群を乗せながら……。

 青蔵線ラサ駅での撮り鉄シリーズはこれでおしまい。お楽しみ (?) 頂きありがとうございました m(_ _)m
 なお、乗りたいとお考えの方は、日本人だけで一等寝台車(軟臥車)の4人用コンパートメントを確実に独占することをくれぐれもお忘れなきよう。(それが何を意味するのかは、乗れば骨身にしみて分かるはずです ^_^;)

06年秋の貨物散歩 (2) 扇町駅5993レ

2006-10-22 00:25:45 | 貨物列車


 川崎港の界隈で最新鋭DLの単機や東西線5000系の甲種回送に感慨を覚えたあとは、運河を2つ隔てた鶴見線の終点・扇町駅を取り上げてみることにしましょう。
 扇町駅につきましては以前、熊谷からの石炭返空ホキ到着シーンを扱いましたが、今回は午後2時ではなく午前9時半の5993レ・化成品タキ編成の到着シーンです。
 実は……この時間帯はかなりん千鳥線や水江線の数少ない運行時間と重なっており、どうしてもこれらの臨海鉄道線の濃いぃ光景に心引かれてしまうことから、いっぽうの鶴見線は今までしばしば訪れているにもかかわらず、この列車の到着シーンを撮るのは初めてだったりします (^_^;;)。鶴見線も元はと言えば臨海鉄道の先駆け的存在であり、各駅における貨物扱いも国鉄時代から既にかなりんに委託されていますので、実はほとんど同じような存在なのですけど (^^;;;)……非電化かつ無機質な沿線風景の千鳥線を行くタキ・コキの長大編成はやはりインパクトがあり過ぎ、いつの間にか午前の扇町は後回しになってしまいました(なお、午後のタキ入換・出発シーンは撮ったことがあります)。



 それはさておき、さすが旅客列車も走っている路線だけあって、タキ列車はホイッスルを鳴らしながら定刻通りに昭和駅の方から姿を現しました(これが臨海鉄道などの貨物専業路線ですと意外と運行時刻はアバウト ^^;)。赤白黄の編成が完璧な順光に映えてとても美しいですね……(*^^*)。5993レは電車ホームの先端付近で一旦停車したあと、操車さんをデッキに乗せて、いよいよ入換開始です。一旦駅南側の踏切を降ろしてスイッチバックしたのち、ゆっくりとS電工専用線の入り口へタキを押し込んで行きました。その後、専用線の貨車門の入り口付近に留置されていた出荷タキを引き出してとりあえずの作業は終了となるのですが、ホームから一部始終を眺めることが出来、いや~今さらながら楽しめました (^^)。
 これで、千鳥線定期貨物消滅後の新たな楽しみが出来た……と思ったのですが、それも束の間、先日東西線5000系の甲種回送を撮影に行った折、千鳥線のもう一つの季節限定 (?) 荷主であるS電工千鳥工場の専用線に通じる線路が、長い間の沈黙を破って久し振りにこすられているのを発見してしまいました。う~む、出勤ついで寄り道鉄の楽しみとして、扇町駅に5993レでやって来るいろいろな色のDE10を記録するのか、それともこれからの時期たまに運行される可能性が高い千鳥線の不定期貨物を記録するのか……悩ましい選択です (^^;

箱根登山・湯本~入生田間回送列車

2006-10-20 21:29:00 | 地方民鉄 (東海道)


 ここのところ当ブログにおける地方私鉄度が下がってしまいましたが (なかなか遠出するヒマがないもので……ToT)、たまにはということで、甥っ子誕生日プレゼント用の箱根登山プラレールを求めて箱根湯本まで行った際の感動のひとこまをアップしてみたいと思います (もう1ヶ月以上前の話になってしまいましたが……^^;)。
 箱根湯本駅で肝心のブツを購入したあとは、再び急行相模大野行きに乗り、そのまま小田原まで戻るつもりだったのですが、何とその急行の発車直前、先刻まで入生田の車庫の中で昼寝をしていたはずの2000形が小田原方面からやって来まして、そのまま強羅行ホームに入って客扱いを始めました。
 こ、これは……車両交換スジ!



 周知の通り、この3月のダイヤ改定以来、小田原~箱根湯本間は箱根登山の線路と言っても全ての列車が小田急車によって運用されるようになり、箱根登山の電車の運用は湯本~強羅間に限定されてしまったのですが、車庫は相変わらず入生田にあるため、入生田~湯本間に限って名物の3線レールが今も活用されています (小田原~入生田間の設備は錆が浮いた状態……-_-;)。
 しかし、具体的にいつ出入庫するかは勿論時刻表に載っているはずもなく、3線レール上を走る登山電車の姿は非常に捉えにくいものになってしまいました。その時間が期せずして分かってしまうとは!
 そこで、1編成が出庫した以上、必ず別の1編成が入庫するはずだ……と思いまして、しばらく入生田で待ち構えたところ、約1時間後にモハ1形×2+モハ2形の3連が堂々たる姿を現しました! もちろん、希少な運用ともなれば、1000・2000形のいずれかでも良かったのですが、やはり旧型車3連でやって来ますと喜びもひとしおです (*^O^*)。行先表示も何もない、シンプルな姿がまた素晴らしい!!
 まあ欲を言えば、非常に厳しい逆光ではなく薄曇りぐらいが良かったのですが、ゼイタクを言ってはいけないでしょうね (^^;)。
 というわけで、今後も箱根に1泊旅行に行くときなど機会を見つけて、この超レアな運用を記録して行こう……と心に誓ったのでした。

青蔵線ラサ駅にて (2) 東風8B型9000番台

2006-10-18 13:17:16 | 中国の鉄道


 青蔵線の新規開通区間(ゴルムド~ラサ)における最大の主力はアメリカ製のNJ2型となっていますが、他に中国の主要幹線で貨物中心の牽引機として増殖中の中国製・東風8B型も投入されています。但し、車番はどれも9000番台となっていますので、恐らく高地対応車を意味するのでしょう。
 基本的に、北京~ラサ間の列車と、成都・重慶~ラサ間の列車の牽引にはNJ2型が充当されますので、訪れた8月の時点では、東風8型が充当される旅客列車は西寧~ラサ間の列車のみでした。この10月からは上海・広州~ラサ間の列車が運行を開始していますが(それぞれの始発地から隔日運転)、果たしてこの列車はNJ2と東風8B型のどちらで牽引されているのかが気になるところです。
 まあ個人的には、より青蔵鉄道オリジナルを感じるという点で、他の路線に配属された車両と同じ塗装をまとっている東風8型よりも、NJ2型の方が「それらしい」という気はするのですが (^^;



 なお、今回訪問して初めて知り得たのは、NJ2型と東風8B型が混結可能だという点です。ラサ発西寧行の列車は2日続けて撮影したのですが、初日は上の画像の通り東風8B型のみの3重連だったのに対し、2日目は東風8B型の配属数が少ないためかNJ2型との混結で機務段から姿を現しましたので、結構びっくりしました (^^;

 ちなみに、この2枚目の画像は機務段の入口にて撮影しております (笑)。例によって事実上鉄道用地内立入放題であることから(本当は禁止のはずですので念のため ^^;)、いつものように当面列車が来ない線路上であれこれ撮影し、いつしか機務段入口の門に至ったところ……門番のおっちゃん曰く「そこらへんまでなら入って撮っても良いよ」とのこと (^^)。そこで、時速4~5km程度でゆっくりと出庫して来た3重連を激写していたところ……機関助士氏が窓から手を出して、私に向かって「ニーハオ! うまく撮れてるかい!」と一言(爆)。……完成とともに世界的に非常に有名な鉄道になってしまいましたので、こういう場所での撮影は機密として禁止かもなぁと思いきや、むしろ「自慢の鉄道なのでどんどん撮って行け」という雰囲気がありありでした (→線路内での撮影すら全く問題にならず ^_^; 「第三次世界大戦に備えるため」毛沢東が軍事路線として建設を急いだ成都~昆明間の山岳鉄道・成昆線が、70年代に完成して以来しばらく対外的に全くヴェールに隠されていたのとは大違いです)。
 但し、今後は現地の情勢や鉄道部の方針次第でどうなるか分かりませんので、もし今後ラサ駅及びその周辺で撮影する機会を得られた方は、個人の責任で、節度をもって行動されますよう。m(_ _)m