地味鉄庵

鉄道趣味の果てしなく深い森の中にひっそりと (?) 佇む庵のようなブログです。

伊勢の細道2013 (付) 伊賀の桃色忍者

2013-12-25 00:00:00 | 地方民鉄 (近畿)


 近鉄で名阪間を移動する際に通る伊賀という土地柄は、ヨソ者から見て何とも不思議な雰囲気を湛えているように思います。四方八方をなだらかな山に囲まれた中にポッカリ広々とした盆地が広がり、その美しい緑の風景の中を雲が低く流れるという幻想的な風景、そして忍者の里であることもさることながら、とにかくここは中部地方なのか関西地方なのかさっぱり分からないという点も不思議ではあります (^^;)。一応ここは旧国名上では伊勢ではなく伊賀として独立しているわけですが、江戸時代以後津藩の所領に加えられて事実上伊勢と一体となり、だからこそ今日でも三重県の一部分となっています。しかし、名張界隈は見事に大阪圏のベッドタウンとなっており、辛うじて名張まで急行20分間隔ゾーンとなっていることからして、ここはどう見ても関西の一部分……。一体どっちやねん! (笑)
 というわけで、そんな伊賀国の本質は、まさに地理認識上のからくり忍者屋敷らしさ (^^;) にあると思われるわけですが、そんな土地柄を走る電車が何と近鉄系ではなく東急1000系の天下になってしまったということで、ますます地理的忍者屋敷度に拍車がかかっているように思われる今日この頃 (^^;;)。そこで、今回の伊勢ナローゲージツアーにあたっては、一応伊勢国と連続したところを走り、しかも標準軌に比べればナローでもある伊賀鉄道を、東急ファンの超はしくれとして久々に訪れた次第です (汗)。



 東急1000系改め伊賀鉄道200系は、周知の通り現在全てラッピングとなっており、このうち1000系標準顔の青忍者201Fにつきましては既に登場直後の麗姿を撮っておりますので、出来れば中央貫通顔の桃色忍者202Fを撮りたいと思っておりました。まぁ勿論、貫通顔風新設非貫通顔の203F以後でも良いのですが、「ふくにん」編成は避けたい……。とはいえ、伊賀神戸界隈での滞在時間はちょうど1時間しかないため、何が来るかはまさにギャンブル (もっと余裕のあるプランを組めよ……と ^^;)。特急下車後目の前に停車中であったのは、某コンサルの忍者ラッピングとなった203Fであり、これは後でILに乗る直前にも上野市から折り返してやって来るということで、まずは比土まで203Fに乗り (伊賀神戸から比土まで歩いてもすぐですが、一応お布施……)、途中で交換してやって来るもう1編成は果たして何が来るか……とドキドキハラハラしていたところ、何とお目当ての桃色忍者♪♪ 真正面からドカーンと超望遠を効かして、秋色深まり行く風景を行く姿を激写したのでした……! そのまま伊賀神戸まで乗り、折り返しを後追いした際には、速すぎてビミョーな位置でシャッターを切ってしまいましたが (思い切りトリミング ^^;)、まぁまたいずれゆっくりと来い、ということなのでしょう (汗)。
 こんな感じで3年10ヶ月ぶりで伊賀鉄道を撮った次第ですが、そういえば大きな変化がありました……。車両の東急化により、大規模検査は別台車を履かせて五位堂で……ということはなくなり、近鉄との渡り線は完全に不要になったため、渡り線があったスペースには車椅子用の非常に緩いスロープが設けられ、この結果大阪線宇治山田方面ホームからの編成写真がキメにくくなりました (編成のケツにスロープと柵がかかる)。まぁそもそも訪問日は、期せずして雨後のドピーカンとなり、大阪線ホーム屋根の影が車体にかかって撮りようもなかったのですが (苦笑)。

播州鉄見聞2013 (8) 山陽電鉄5000系

2013-12-24 00:00:00 | 都市民鉄 (近畿以西)


 去る9月の中旬、近畿に大水害をもたらした台風18号が迫る直前の酷暑の中、南海鉄コレゲットついでに敢行した、自分史上初めての姫路界隈撮り鉄散歩(散歩にしては体力的にハードコア過ぎますが ^^;)。その最後に選んだのは、山陽姫路から阪神梅田までの直通特急通し乗り!! これによって、山陽電鉄の本線を一気に完乗するのみならず、山陽電鉄が誇る俊足ランナー5000系の乗り心地を存分に味わってやろうということです。何のかの言って網干線は、いつになるか分からない将来の訪問まで後回しになってしまいましたが……(^^;
 というわけで、始発の山陽姫路にて、窓と椅子の組み合わせが良い席をゲット! 山陽5000系はてっきり転クロだと思い込んでいたのですが、実は集団離反式の固定クロス車の方が多いのですなぁ……。何はともあれ、阪神車ですとロングシートの凶運に見舞われてしまいますので、良かった良かった♪



 走り始めた5000系直通特急は、偶々かも知れませんがしばらくチンタラと走り、もっとヤル気出せよ……と思ったものですが、大塩付近からは猛烈な勢いで小駅をバンバン飛ばしまくり、播磨灘にほど近い夕暮れの田園風景があっという間に窓の奥を流れて行くのは快感ですね~。利用客も、夕方ということもあってか普通に大部分の席が埋まりました。JRWと並走する区間で目にする山陽電鉄はいつ見ても空いていて気の毒になるほどでしたが、真っ昼間の、かつ人の流れとは反対に向かう列車だったのかも知れません。JRWの駅からは離れた地点を結ぶ需要には山陽~阪神直通ルートがそれなりに応えていることが分かった次第です (汗)。
 そんなこんなで、一旦神戸高速の地下に入り、阪急のマルーンボディにちょっとした別世界を感じつつ (笑) 再び地上へ出て、暮れゆく六甲山の麓に光が灯り行く絶景を鑑賞……。阪神大震災から18年、ここまで復興するのですなぁ……。そして最後は淀川の鉄橋の奥に広がるナニワの大夜景に圧倒されつつ、生まれて初めて阪神梅田駅に降り立ったのでありました……(改めて「お前本当に私鉄ヲタなのか?という批判が殺到しそうですが ^^;;)。
 ともあれ、9月の姫路界隈撮り鉄記はめでたく年内に完結。ご笑覧頂き誠にありがとうございました m(_ _)m

GM板キットで阪和線朱色旧国を作る (下)

2013-12-23 00:00:00 | 超へっぽこ模型製作


 嗚呼……こんな旧国がジャラジャラ走る阪和線を見てみたかったです。



 (上) 切り接ぎクモハ61……羽衣支線もこれでOK? (下) 素組みクモハ60



 (上) 素組みクハ55 (下) 切り接ぎサハ57



 (上) クモハ73 (プレスドアにつき切り接ぎ) (下) 素組みサハ78

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 年末年始の模型物欲製作欲ネタ、第二弾としまして……最近の南海模型の充実ぶりに何となく刺激されて、止せば良いのにうっかり製作を始めてしまった南海山手線もとい阪和線のオレンジ旧国。ちまちまシコシコとした作業を断続的に続けていたら、いつの間にか完成してしまいました (^^;)。
 このうちクモハ61・クモハ73・サハ57は切り接ぎを行っており、何のかの言って非常に面倒臭いシロモノであったはずではありますが、秋以降の仕事の多忙やら富山遠征やらを挟んで、そんな七転八倒も遠い昔の話となりました (汗)。というわけで、いま脳内にある実感としましては、ただ単純に塗装を実施し(いや~単色ってラクですわ♪ ^^;)、インレタを貼り、ベンチレータ等を載せ、屋根配管にスミ入れをして、窓を貼っただけです。まぁこれはこれでいつもの通り非常に面倒臭いわけですが……(@_@)。それすらもあくまで淡々とこなせるようになったこと自体が、板キット初心者5年目の、かたちばかりの悟りでしょうか (笑)。
 但し、一連の過程で「こりゃ参った!」事態が二件……。
 まず、GM缶スプレーの中央線オレンジは隠蔽力が極めて低いだけでなく、ロットによる色のバラつきがぁ……(T_T)。1缶で2両しか塗れないとは、何というコスパの悪さ!(-_-メ) 西武クリームや西武ベージュの隠蔽力を見習え!と言いたいところです (苦笑)。また、近所の模型屋で買った旧ロットの方が鮮やかで (73系2両はこれで塗りました)、その後GMストアで買い足した新ロットの方はほとんどタラコ色に近いとはこれ如何に……。というわけで、編成全体の色が揃っておりませんが (泣)、まぁそもそも旧国なんてものは編成単位ではなく1両単位で検査入場するものであることからして、編成全体では全く色が揃わないのがデフォルト、と言ってしまえばその通りであります (爆汗)。でも卓上で眺め回す模型では、色が揃っている方が良いんだよなぁ、やっぱ……。
 一方、個人的にGM板キットから旧国をつくる際には、同梱ベンチレータのショボさに嫌気がさしているため、常に銀河の金属ベンチレータ (009) を使用しているのですが、しばらく欠品が続き、その間は製作が滞ってしまったのは何とももどかしいものがありました。また、戦前型旧国に履かせるためのDT12の近似品にあたるTR23を買い足そうとしたところ、近所の模型屋になく、浜Imoになく……アキバでやっと見つかったという (汗)。製作の状況を見ながらパーツを買い足すのではなく、最初に作るぞと決めた時点で予め買い込んでおくことが、パーツ欠品による腰砕けを食らわされずモチベーションを保つうえで重要だと痛感した次第です(とくに、はじめの一歩の時点で「これだけ買い込んじまったので後戻りや途中放置は出来ねーぜ!」と思い込むためにも……。一時の仕事の忙しさによるストレスを物欲爆発で解放しようとするあまり、単に板だけ購入して以来放ったらかしのキットがまだまだありますしねぇ~~^^;)。
 何はともあれ、こうしてGMの旧国板キットをシコシコと組みながら、移ろいゆく世の流れを横目にして思うのは……鉄コレに加えてKATOまでもが本格的に旧国市場に参入したことにより、GM板キットの今後は相当ヤバイものがあるのではないか?ということです。とはいえ、やはり自分でちまちまシコシコと指先に愛を込めるかのように (爆) つくる楽しみは何者にも代えがたいものがあり (これじゃぁただのM)、少なくともマイクロ戦前型旧国の「ありえねー!」のっぺら金太郎飴な雰囲気と比べれば、はるかに味わいを感じることが出来るように思います♪ まぁ、ジャンパ栓やワイパーの設置を省略し、アーノルドカプラーポケットにKATOカプラーを突っ込んだだけという仕上がり自体、まだまだ初心者の域を超えるものではなく、「完成品と比べたらはるかにヘボいお前の腕が分かっとらんのか?!」というお叱りを受けることは重々承知のうえではございますが……(汗)。でもいいんです。余り細かい仕様にしますと、仕事の多忙との兼ね合いゆえ、何時まで経っても完成しないというジレンマが生じますので……製作が終わらず飽きが来るという最悪の局面が来る前に妥協するということなのです、はい (^^;)。完璧なる傑作は、お時間のある超敏腕モデラーの皆様にお任せし、その作品を雑誌やネットで拝見して「スゲー!」と思うことで、自分に出来る範囲の模型いじりをしてみたいと思うのもまた楽しからずや!
 というわけで、今度は旧国板キットを使って何を作ろうかなぁ……と申しますか、既に新たに、自ら底知れぬ苦しみの泥沼に陥りつつある愚昧の極みな製作プロジェクトが始動しているのです (^_^;)。それは少なくとも、Google検索をかけた限りでは全く作例がヒットしないマイナーな車両……。乞うご期待! (誰もこんなヘタクソ模型に期待しねーか。^^;)

CMR LINE製・中国国鉄東風4B型を愛でる

2013-12-22 00:00:00 | 模型素人物欲見聞記


 昨日は大宮駅前のソニックシティにおきまして「さいたま鉄道模型フェスタ」が開催されましたが、その中の一店舗にて、先日ご紹介した中国「CMR LINE」製・東風4型ディーゼル機関車のN模型が発売されまして、販売を担当されていたKucing様のご案内のもと、目出度く緑亀・赤亀両バージョンをゲットしました♪ というわけで、いてもたってもいられず直ちに遭難辛受苦ライン(爆)及び小田急快速急行を乗り継いで帰宅しまして、記念写真を撮影してみました!
 まず強い印象を受けるのは……運転席斜め窓のはまり具合こそダメダメであるものの(これは仕様につきどうしようもないとのこと)、全体的な印象のリアルさ! Kucing様によりますと、ライトの点灯具合がイマイチな個体があるものの、そのような個体は販売前の検品で全て不合格にして送り返しているとのこと。モーターはフライホイールを採用し、実際KATOのパワーパックとレールで転がしてみても至って静穏な走りです♪ (但し、ミニカーブレールではない通常のレールの中でも最もキツい曲線の場合、3軸台車だけに最徐行でないと脱線します。また、マイクロの動力並みに床下がレールにギリギリであるため、線路の継ぎ目で段差があるとぶつかってしまうこともあります) いや~~個人的にはなかなか良い感じです (^O^)。



 それにしても嗚呼、東風4型! 今でこそ日中関係は最悪であり、まぁこの趨勢はそう簡単には変わらないでしょうが、個々の鉄道車両には罪はなし。そして東風4型といえば、かつて1980~90年代の中国で、ハードながらも痛快で若気の至りな貧乏旅行を満喫した記憶を持つオッサン世代にとっては、基本中の基本。これこそ中国国鉄を代表する存在として、その姿を見れば即座に垂涎状態に陥る存在であると言えましょう。もちろん、SL目的で中国を訪れた方にとっては、SL(とくに幹線急行列車を牽引する満鉄パシロ→勝利型や、その中共バージョンである人民型)を駆逐した、敵の中の敵、諸悪の根源であるのかも知れませんが……(日本でDD51が団塊以上から罵られているのと同じ ^^;)。とはいえ、何とも親しみの湧く曲線的なデザインと重厚さの組み合わせは、日本人ファンからは「緑亀」「赤亀」と呼ばれている通りに完成度の高いものであり、近年急増している中国人鉄ヲタのあいだでも、のっぺらぼうでつまらないデザインの「和諧」シリーズに辟易していることもあって、絶大な人気の的となりつつあるようです。現に、上記メーカーサイトでも、「萌4B……」というキャッチフレーズがついているという……(笑。あ、もちろん漢語の「萌」とは、日本のヲタ用語の直輸入で、意味・文脈は全く同じです)。
 そんな東風4型の模型といえば、従来バックマン(百万城)製のHOがありましたが、HOはデカく、カネ無く家も狭い貧乏人にはツラい……(汗)。全く同じことは中国人鉄ヲタにも言えるわけで、彼らは余程の金持ちでない限り、なかなか種類を揃えることは出来ず、なけなしの資金で罐1両、客車数両を買って運転会に持ち寄るか、あるいはマイクロあたりのB級品を闇ルートでゲットして、辛うじて自室にN線路を敷いて日本型で編成を楽しんでいるようです。それだけに、何と言っても中国国内に、自国車両を製品化したN模型を欲する風潮が高まっていたのでしょう。そこで、この東風4型は、再生産待ちの大人気となっているとかいないとか!
 問題は、牽かせる車両がまだ用意されていないことですが、とりあえず緑皮硬座車YZ22の販売が近いようです (*^^*)。さらに、硬臥車YW22や餐車CA22・行李車XL22の製造販売が企画されているとのことですが、個人的にはこれら緑皮22系のN模型化を大歓迎しつつも、紅亀には紅皮25系客車も似合いそうですし、さらに貨車の登場も強く期待したいものです。また、kucing様によりますと、SLやELについても製品化が計画されているとか♪
 なお今後の日本国内での販売につきましては、Kucing様によりますと「○ん○つ工房」を中心に日本での本格的な輸入販売計画が引き続き進んでいるものの、とにかく中国国内で「作れば即売れる」状態が続いており、今回日本に輸入出来た量も極めて限られ、今後もしばらく品薄が続くとのこと。日本国内での需要もこれまで「入れ食い」状態ながらも、実際に中国国鉄好きな日本人モデラーがどのくらいいるのか、市場規模がなかなか読み切れないため、しばらく手探り状態のようです。一応、追加輸入出来次第ヤフオクに出すとおっしゃっていましたので、なるべく早めにゲットされたい方はヤフオクを要チェック!ということで……。


 以前製作した、華中鉄道供出→戦後CNRに継承されたスハ32と (これは70年代半ば~80年代なら十分有り得た組み合わせ)。



 35系客車の華中鉄道向けロングボディバージョン・ハ3300と。
 日本帝国主義時代の姿を再現するなど絶対有り得ないわけですが、ハ3300形の登場50周年を記念して登場時の姿を復活させ紅亀に牽かせましたの図……(中国人ヲタが見たら激怒しそうですが ^^;)。


第五ジャカルタ炎鉄録 (18) KFW@バンテン線

2013-12-21 00:00:00 | インドネシアの鉄道


 スルポン=バンテン線のうち、最近複線化が完成して電車の本数が激増したパルンパンジャンまでの区間は、途中駅のホーム延長及び嵩上げなどの全面改装が成り(ジャカルタ鉄の先達として大いにお世話になっております『Tokyo Railway Labyrinth』のYopie様が、かつてジャカルタ御駐在中に伝説の名サイト『Jabotabek Railnews』を運営されていた頃、椰子の木生い茂る村の中にある水たまりだらけの停留所・チチャユル駅に到着するメトロ7000系を激写されていましたが……そのチチャユル駅も完全にデラックスな駅となりました……)「いつでもニュータウン開発かかってこいや!」状態ですが、パルンパンジャンから電化区間の終点マジャまでは、複線化が完成すれども供用は始まらず、途中駅の多くも短い低床ホーム+昔ながらの駅舎といった風情を保っています。
 しかし、そんなただでさえ駅間が長い区間で電車列車が増発され、しかも時折レバラン臨客が挿入されるというわけで、私が訪れた日のスルポン=バンテン線は昼過ぎ以降ダイヤがガタガタ……。チチャユル駅改装後における電化区間最強 (?) のド田舎停留所となったチコヤ駅にて、午後1本目のマジャ行き電車に乗る前、アンケ行きの客車鈍行が来るはずだと思い、駅付近の踏切にて待ち構えていたものの、定時をとっくに過ぎても全然現れず、午後2時台の強烈すぎる日射しにすっかり参ってしまった私は「おっかしいなぁ~。めっちゃダイヤ乱れだなぁ……。そうこうしているうちに先にマジャ行きの電車が来てしまうではないか。緑の大地の直線がイケてるチコヤでの撮り鉄大作戦は次回以降の課題か」とブツクサつぶやきつつ (キモッ!^^;)、掘っ立て小屋のようなチコヤ駅舎に向かったのでした。
 そこで、まずは切符を買おうとしたものの……あれれ? 列車到着間際だというのに窓口は閉まったまま。しかも事務室への扉は鍵がかかっており、駅前の店にて涼んでいる駅員を呼びに行くという展開でもないようです……。というわけで、一瞬オタオタしていたところ、遅れているアンケ行き客車鈍行に乗るために集まっている乗客の皆様が、身振り手振りとカタコトの会話で重大な事実を教えて下さいました……。何と!この駅は無人駅になってしまったので、列車に乗りたければチコヤで乗る証明としてお前のそのカメラで出札口を撮っておけ!……とのこと。そして、なななな何と……電車は停まらないとは!! (超号泣)。



 とりあえず冷静に努めて待合室内を眺めてみますと、「7月1日からマジャまで電車の電子切符システムを始めますが、当駅はシステムに対応しないため、電車は通過とさせて頂きます」という趣旨の貼り紙が……。Tidaaaaak Berhentiiiiiiiiiiiiiiiii! この悪夢のような言葉を脳内で反芻するにつけ、思わず熱中症で倒れてしまうかのような心地を覚えた次第です……。パクアン急行様が以前、電車運転開始直後のチコヤ駅を訪れた際には、他のKCJ管内各駅と同様に切符販売員とガードマンが配置され、実に暇そうな彼女・彼から親切にしてもらったとのことですが、確かにまぁこんな田舎駅を電子システムに組み込み、駅員を配置し続けるのはカネがかかりすぎるというのも道理……。さすがにチコヤまで来ますと、ジャカルタから余りにも遠いため、チチャユルと同様に将来通勤圏になるとは到底思えませんし。
 そこで選択肢は二つ。一つは、客車鈍行に乗って大人しく帰ることですが、今回のバンテン線訪問の目的はマジャ電化ファースト・インプレッションにありますので、2kmと離れていないマジャ駅を見ずして、そしてマジャから電車に乗らずして帰るのは面白くも何ともありません。そこでもう一つの手は……バイクタクシーでマジャ駅まで向かうこと (笑)。駅前でヒマそうにしていたバイクの兄ちゃんに「ちょっとマジャまでオジェックやってくれ」と交渉し、個人的な適正価格の1km1万ルピア (現地人ならもっと安いのでしょうが、外国人がこのくらい取られるのは致し方ないと思っております) を提示してきたため、速攻で妥結! デコボコの田舎道を飛ばしていざマジャへ!! 駅前で下ろしてもらった時点では、先に電車が到着してしまい (案の定、大幅に遅れていたアンケ行鈍行と電車との交換は、マジャ駅に変更されていました。チコヤで粘らなくて良かった……)、電車のマジャ到着シーンは撮りそびれてしまいましたが、途中の田舎道から眺めた田園風景の見事な美しさは、列車の車窓からのそれとは違った魅力があり、この臨機応変オジェック移動も「禍転じて福」だな……と思っているところです。マジャ駅周辺の「ド田舎の市場町」な風情もなかなか楽しいものがありますし♪
 ともあれそんなこんなで、マジャ駅改札に設置された簡易読取機 (日本のSuica・Pasmo等簡易改札と似たノリです) にタッチし、全然ホームの有効長が足りないマジャ駅に佇むKFW (05じゃないのかよ……汗) を激写し、メラクからやって来た急行カリマヤ号を撮影した後は、チコヤからのドタバタで疲れがドッと吹き出したため、まだ誰も乗っていないKFWの車内に逃げ込んで涼みまくり……。すると何という偶然! 前日の晩、ジャカルタの私の部屋を振り出しに《新型エコノミAC急行クラカタウ&スンダ海峡フェリーの旅》に出掛けられたパクアン急行様と現地ファンのAdam君がひょっこり現れたではありませんか! (笑) 事の顛末は既にパクアン急行様が触れられている通り、メラクからの急行カリマヤの指定席がランカスビトゥンまでしかゲット出来ず、次の停車駅であるティガラクサまで立ち席でこっそり乗車し、マジャ発の電車に乗り換えるつもりであったところ、急行カリマヤがマジャで運転停車したため、その隙に下車したとのこと! というわけで、お互いお疲れ~と労いつつ、KFWの涼しい車内で昨晩からの活動報告会となり、タナ・アバンまで延々2時間のKFWの旅を楽しみましたとさ……。否、途中疲れで居眠りしてしまったのですが、それほどKFWは静かで快適な電車です。故障さえしなければ。
 それにしてもKFW、基本的にはタンゲラン線8連とカンプン・バンダン4連中心の運用となっており、これに対してスルポン=バンテン線は05系中心の運用となっているわけですが、どちらもブキッドゥリ電車区の担当であるためか、たまに運用の差し替えがあるようで……私がスルポン線を訪れた日はKFW2本がスルポン線に入っておりました。そしてタンゲラン線は恐らくメトロ天国……。というわけで、マジャ及びスルポン線都心区間でKFWを取ったのは多少レアなのかも知れませんが、次回はチコヤやマジャでメトロ車を撮りたいなぁ……と思います。

【補足】この文章の完成後、チコヤ駅でも電車停車対応ホーム改良ならびに自動改札設置工事が進んでおり、次の改正から全部の電車が停車するものと思われます。