君は益満の休ちゃんを知っているか。オイラは直木三十五の小説「南国太平記」で知っているのだが架空の人物だったと思っていた。西郷の手先になって江戸で放火、略奪、辻斬りをやった男だ。もちろん同様の人物は多数いたのだが、益ちゃんは小説上の名前だと思っていた。ま、オイラの認識とはその程度のものよ。
ウイキペディアによると、江戸でゲリラ戦を展開したとある。ゲリラ戦というのはあたっていない。テロリストというべきだろう。幕末に江戸でゲリラ戦を倒幕側が行ったという記録は無い。江戸幕府の治安維持能力に対する江戸庶民の信頼を失墜させることを目的としてテロ活動をした。ゲリラではない。ウイキペディア君に訂正を勧告する。
ここで基本的な方程式をおさえておこう。
+ その前にもうひとつ、ウイキペディアによると、益満は慶応四年まで斉彬のお庭方であったとある。斉彬はとうの昔に死んでいる。慶応四年は1868年、斉彬が死亡したのはその10年前の1858年、はやく訂正したほうがいい。また天保12年(1841年)から斉彬のお庭番だとあるが、斉彬が藩主になったのが1851年であり、めちゃくちゃだ。それとも世子のときからお庭番(スパイのこと、あるいは情報機関)を藩主のほかに持つのが薩摩藩の制度だったのかな。お庭方というのはあまり聞かないが幕府のお庭番(スパイ)をまねた制度が本当にあったのか。お家騒動が起こるわけだ。