窮鼠猫を噛むという喩があるが、追い詰められると泥鰌(ドジョウ)は自らの尾をかんでしまった。民主党常任幹事会で、早期の解散反対が民主党の意見だと突きつけられた。
役員全員が解散の時期ではないと公言していた。解散やるなら、新しい代表でやらないとならないと、野田下ろしまで意見が出ていた。
今解散すると、離党者が続出する。TPPを条件にすると離党を明言するグループが意見書を提出した。鹿野グループでは、議員総会を開き説明せよと、意見書を出した。こうした党内の動きを無視する形で、野田は野党の軍門に下った感がある。
野田は逃げ場を失った。ほとんど少数の党内の支持者たちの相談もなく、党首討論という形の公共の場で、解散宣言をした。野田は自らの尾に食らいついた感がある。
ウソつきと言われるのが嫌だったようなことも発言しているが、彼はこれまで十分嘘をつき通してきた。駅前演説などそのいい例であるが、マニフェスト違反は嘘ではなかったのか。いまさら感は拭えない。
現在国会には、15会派があるそうである。民主党が野田の暴走で四分五裂したのも大きいが、一つの意見の違いを容認できなかったために、分裂したり結成された会派があまりにも多い。
郵政民営化を容認できずにたちがれ日本ができたり、消費税で小沢一派が離党したり、マニフェスト違反を容認できずに結成された絆など、会派そのものが曖昧になりそうなくらいである。
小選挙区制という、トップの意見しか採用されない選挙制度は、これほど多くの会派があれば結局は、選択肢がなくなるということなのではないか。
野田の行動をよく観察すると、野田はほとんど自民党と同じ思考体系であった。自民・公明にすり寄り、民主党を分裂させ、党内の意見より野党の意見に耳を傾けていた。TPP参加を画策したり、消費増税は財務官僚の言いなりになったりと、これまでの自民党右派よりも突っ込んでいる。
唐突感の拭えない解散であるが、第3極の結集や民主党内の造反に時間を与えなかったことは、それなりの戦略的意味があったかもしれない。
野田は一体何に噛みついたつもりなのかわからないが、自党の反対者を抑え込むのが目的であったのではないか。噛みつく相手が違うのではないか。民主党の終焉の始まり、政治混乱・混迷はここから始まることになす。