詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

新井啓子「蕃茄」

2020-12-20 09:47:10 | 詩(雑誌・同人誌)
新井啓子「蕃茄」(「かねこと」18、朝日カルチャーセンター福岡「現代詩講座」、2020年10月31日発行)

 新井啓子「蕃茄」は激しい夏の日の驟雨を描いている。

風が強まる
ブランコが揺れる
ブランコが揺れて
激しい雨が来た
子どもたちが消えて
ベランダのポールから滴が落ちる

 「ブランコが揺れて」の一行の「緩」が、妙に印象に残る。激しい雨のことを書いているのだが、その雨にのみこまれていない。
 それは、

トマトは雨に弱いというから
濡れないように 軒下へ寄せるけれど
あっという間に プランターの土はびしょ濡れで
果実もびしょ濡れで

 という書き方にも何か通じるものがある。
 「土はびしょ濡れで」「果実もびしょ濡れで」と、「視線」がおなじ何かを探しているような感じ。ことばが妙な「重なり」と「ずれ」の間で動いている。
 これはいったいなんなのだろう、と私はしばらく考える。
 特に変わったことが書いてあるわけではないし、特に奇妙というわけでもない。書かれていることが、そのまま「事実」としてつたわってくる。疑問をもつ必要はない。こんなところでつまずかなくてもいいのかもしれない。
 このことばが、雨が上がった後、こんなふうに変わっていく。

雨はトマトに傷を作った
柔らかい果肉が切れて
そこから微笑んだ口の形になっている
きつい言葉は似合わない形
傷口が開いて
雨の歌がこぼれているから
果実ごと切り取り 籠に入れる
しゅん と
傷を落とす
部屋にあおい香りがひろがる

 傷ついたトマトをすぐに調理する。それがごく自然に挿入されている。その組み込み方が、とても美しい。それは自分を失わない「余裕」のようなものだ。
 おなじことばをくりかえすとき、どこかで新井は深呼吸のようなものをしている。突然の変化に正確向き合うために、立ち止まって、深呼吸し、それからその世界へ入っていく。そういう「リズム」がある。
 この「リズム」は、私は、自分の「肉体」では実行できない。せっかちだから、立ち止まり、深呼吸できない。だから、すぐそばにそういう「生き方(思想)」を実感すると、瞬間的「奇妙」と思ってしまうのかもしれない。
 で、その「奇妙」が、この新井の詩の「トマトの調理」のように静かに展開し、具体的な「もの」になっていくのを見ると、あ、美しいという感動に変わる。
 新井にとってはあたりまえのことを書いただけなのかもしれないけれど、その「あたりまえ」というのは新井の「正直」がそのまま出ているところだ。
 そして、「正直」を通って、詩は最初に戻っていく。

輪切りにして白い皿に乗せる
窓の外でブランコが揺れ出す
ブランコが揺れ出す
掃除機タービンのうねりが響く
細く風が起こって
水に濡れた歌が始まる

 最初に引用するとき省略したのだが、詩は、こんなふうに始まっていたのだ。

昼下がり
ブランコが揺れる
ご近所の掃除機タービンのうねりが響く

 トマトの部分が、新井の「正直」であることが、このことばのくりかえしによって、とてもしっかりしたものになる。




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