山下修子『空席の片隅で』(東夷書房、2018年、06月10日発行)
山下修子『空席の片隅で』は東日本大震災、東京電力福島第一原発事故のことを書いている。
どうしても戻ってきて何度も読む行がある。「蝶の浴衣」の中に出てくる。
「肯定する」。
このことばの前で、私は立ち止まる。
「家はやがて朽ち果て、あたり一体は荒れ野ではなく、原野と化す。」この悲劇を肯定していいはずがない。でも、それでは、どうすればいいのか。
「わからない」。
「わからない」から「肯定する」。このときの「肯定する」は「被害者を肯定する」という意味である。生きているその人を「肯定する」、という意味である。
それ以外の意味を持ちようがない。
つまり、それ以外にできることはない。
それはいつのことばだろうか。震災前に聞いた声か、震災後に聞いた声か。答えはあって、答えはない。
そして、なかには「肯定できない」こともある。「花は何処」。
罵声を浴びせていくひと。その「批判(声)」を「肯定する」ことなどできない。でも、山下は反論を書いていない。書かなくても、この詩を読むひとに反論がわかるからか。そうなのかもしれない。しかし、私は少し違うことを考える。
山下は、浴びせられた声を「批判」はしない。いや、批判はするが、そこに生きている人間を「否定しない」。生きている、ということを「肯定する」。それが、たとえ自分の思いと違っていても。
「蝶の浴衣」に戻ってみる。
こういう状況を「肯定する」ことはできない。しかし、それを否定し、次に進むためには、いま、こういうことが起きているということを「肯定する」ということろから出発するしかない。
事実がある。
事実を見ないことには、どこにもゆけない。
山下のいう「肯定する」は「事実の存在を認める」ということである。「存在」を認識するということである。
私たちは、どこまで「事実の存在」と向き合うことができるか。
「蝶の浴衣」には、こういう部分もある。「弘ちゃん」を訊ねてゆく。だが、返答がない。
「肯定する」は「受け入れる」ということである。
もちろん「受け入れる」ことのできないものもある。あるけれど、それを「否定する」だけでは何かがこぼれおちていく。
複雑な気持ち、の複雑さがこぼれ落ちていく。
山下は、そのこぼれ落ちそうなものの、傍に寄り添っている。「肯定する」は、「寄り添う」ということでもあるのだ。
*
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山下修子『空席の片隅で』は東日本大震災、東京電力福島第一原発事故のことを書いている。
どうしても戻ってきて何度も読む行がある。「蝶の浴衣」の中に出てくる。
家はやがて朽ち果て、あたり一帯は荒れ野ではなく、原野と化す。
弘ちゃんの見通しは的確だ。
地図からも、やがては消える。
私は、どんな言葉をかけたらいいのか。それがわからない。
ただただ聞き続け、弘ちゃんの話すその内容を、肯定するだけだ。
「肯定する」。
このことばの前で、私は立ち止まる。
「家はやがて朽ち果て、あたり一体は荒れ野ではなく、原野と化す。」この悲劇を肯定していいはずがない。でも、それでは、どうすればいいのか。
「わからない」。
「わからない」から「肯定する」。このときの「肯定する」は「被害者を肯定する」という意味である。生きているその人を「肯定する」、という意味である。
それ以外の意味を持ちようがない。
つまり、それ以外にできることはない。
「会いたいなあ、近くに来たら、寄ってね!」
それはいつのことばだろうか。震災前に聞いた声か、震災後に聞いた声か。答えはあって、答えはない。
そして、なかには「肯定できない」こともある。「花は何処」。
交差点の歩道に立って
プラカードを掲げる 午後
悪意の悪罵が 目の前を過ぎて行く
「おまえらは 〇〇かあ--」
〇〇は □□の場合もあれば
△△のこともある
週に一度の立ちんぼは 一時間
罵声を浴びせていくひと。その「批判(声)」を「肯定する」ことなどできない。でも、山下は反論を書いていない。書かなくても、この詩を読むひとに反論がわかるからか。そうなのかもしれない。しかし、私は少し違うことを考える。
山下は、浴びせられた声を「批判」はしない。いや、批判はするが、そこに生きている人間を「否定しない」。生きている、ということを「肯定する」。それが、たとえ自分の思いと違っていても。
「蝶の浴衣」に戻ってみる。
家はやがて朽ち果て、あたり一体は荒れ野ではなく、原野と化す。
こういう状況を「肯定する」ことはできない。しかし、それを否定し、次に進むためには、いま、こういうことが起きているということを「肯定する」ということろから出発するしかない。
事実がある。
事実を見ないことには、どこにもゆけない。
山下のいう「肯定する」は「事実の存在を認める」ということである。「存在」を認識するということである。
私たちは、どこまで「事実の存在」と向き合うことができるか。
「蝶の浴衣」には、こういう部分もある。「弘ちゃん」を訊ねてゆく。だが、返答がない。
「もう一度、呼び鈴をおしてみたら?」
しかし、その部屋は静まり返っている。何の音もしない。このところ具合が悪く、塞ぎ込んでいると言っていた。人に会ったり出かけたりも面倒。気持ちに張りを持てないとも。だから、予感はあった。多分、訪ねても無理だろうと・・・・。実は、私にもそういう時期があった。在宅でも居留守はあり、なのだ。
「肯定する」は「受け入れる」ということである。
もちろん「受け入れる」ことのできないものもある。あるけれど、それを「否定する」だけでは何かがこぼれおちていく。
複雑な気持ち、の複雑さがこぼれ落ちていく。
山下は、そのこぼれ落ちそうなものの、傍に寄り添っている。「肯定する」は、「寄り添う」ということでもあるのだ。
*
評論『池澤夏樹訳「カヴァフィス全詩」を読む』を一冊にまとめました。314ページ、2500円。(送料別)
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「詩はどこにあるか」2019年12月の詩の批評を一冊にまとめました。
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(バックナンバーについては、谷内までお問い合わせください。)
オンデマンド形式です。一般書店では注文できません。
注文してから1週間程度でお手許にとどきます。
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以下の本もオンデマンドで発売中です。
(1)詩集『誤読』100ページ。1500円(送料別)
嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で詩を書いています。
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(2)評論『中井久夫訳「カヴァフィス全詩集」を読む』396ページ。2500円(送料別)
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(3)評論『高橋睦郎「つい昨日のこと」を読む』314ページ。2500円(送料別)
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(4)評論『ことばと沈黙、沈黙と音楽』190ページ。2000円(送料別)
『聴くと聞こえる』についての批評をまとめたものです。
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2016年の「象徴としての務め」メッセージにこめられた天皇の真意と、安倍政権の攻防を描く。
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