許された時間のなかを 谷内修三
許された時間のなかを
福岡城址を歩いた
きみに会えると思ったのだ
梅林を抜けて石段をのぼるきみ
桜の庭のぼんやりとした明るさの道でどちらへ行こうか考えるきみ
さらに急な石段をのぼり石垣の死角へ誘うきみ
でもきみはいなかった
許された時間のなかを
きみと一緒に歩いたときの
石段はなかった
桜の庭はなかった
石垣もなかった
私の知らない空虚があるだけだった。
私が見たのは見覚えのないつまらない石
私が見たのは見覚えのない何本もの痛々しい冬の桜
私が見たのは枯れたススキが生えている石垣の裏側
あるいは天守台をささえる黒い、冷たい鉄骨(と、影
いやほんとうのことを言おう
私が許されているこの時間に。
私が見たのは孤独
石段のひとつひとつが孤独だった 誰がつまずいたのか、角の欠落が孤独だった
いっしょに重なり上へ上へと何かをささえているのにだれとも何も語り合っていない
桜の木々の枯れた孤独 折れたこころの孤独の断面
その木のなかには何もない 導管をはいまわる虫さえいない
石垣は自分からくずれないために孤独のなかに結晶していこうとしていた
いやちがう今度こそほんとうのことを書く
私がまだ許されているこの時間に。
石段の石が孤独なのではない 石には感情はない 石のなかには私の孤独がある
葉を落とした桜の木が孤独なのではない 木のなかに私の孤独がある
石垣の巨大な石が、間の小さな石が孤独なのではない
一個一個の石のなかに私の孤独がある
いやちがう今度こそ
ほんとうのことを書かなければならない
私が許されているこの時間の内に。
石段の石はだれにも踏まれない 空虚が上を渡っていく
何に耐えていいのかわからず孤独であることしかわからない
桜の木の枝は千々に分かれている 分かれていることで一本でいる
その分かれ目分かれ目の形の孤独(そのなかにいる私
それぞれの光と雨と風を求める孤独 求めても何も手に入らない孤独
孤独は私の精神のように分裂し無数の形になる
ひとつとして同じ形にならない
それなのに全部が桜の木だとわかる 孤独だから
石垣は動きたくない どこへも行きたくない ここにいたい
ここを動くもんかと意地を張っている その孤独
きみは知らない だって
きみはいないのだから そして
私の孤独だけがあらゆるところに存在する
私は私の孤独から逃げられない
こういうとき、むかし読んだ小説なら
「ばかだなあ」と嘲笑する声が木々や藪や石や分かれ道から
通りすぎる古くさい犬や風に流される枯れ葉から
聞こえてくる(はずだ (聞こえてきてほしい
だがそんな声も聞こえてこなかった
あざ笑う声が聞こえるのはもっと後(なのだろう
孤独になれてしまって、孤独であることを忘れたとき
遅れたように嘲笑がやってくる
それまでは聞こえてこない
私は孤独でさえない
孤独に出会えないくらいひとりなのだ
私は孤独にはなれない孤独が私を取り囲んでいるから
孤独が何かわからない孤独がぴったり身にはりついているから
石段がある 桜の庭がある 天守台の石垣がある
だれが見ても同じように石段、桜、石垣と呼ぶものがある
それを私は孤独と感じるが
これがほんとうのことだろうか
(許された時間のなかを、
「この石段、一段一段が低いよ
そういったとき、ほんとうだと思ったこころ
きみといっしょになったこころ
あれは孤独ではなかったのか
孤独なこころが許された時間に出会えた喜びではなかったのか。
孤独がわからない
孤独がわからない
孤独がわからない
きみに会いたいということしかわからない
きみがいない
きみはやってこない
嘲笑がやってくるまでには、さらに、まだまだ時間がかかる
許された時間のなかを
福岡城址を歩いた
きみに会えると思ったのだ
梅林を抜けて石段をのぼるきみ
桜の庭のぼんやりとした明るさの道でどちらへ行こうか考えるきみ
さらに急な石段をのぼり石垣の死角へ誘うきみ
でもきみはいなかった
許された時間のなかを
きみと一緒に歩いたときの
石段はなかった
桜の庭はなかった
石垣もなかった
私の知らない空虚があるだけだった。
私が見たのは見覚えのないつまらない石
私が見たのは見覚えのない何本もの痛々しい冬の桜
私が見たのは枯れたススキが生えている石垣の裏側
あるいは天守台をささえる黒い、冷たい鉄骨(と、影
いやほんとうのことを言おう
私が許されているこの時間に。
私が見たのは孤独
石段のひとつひとつが孤独だった 誰がつまずいたのか、角の欠落が孤独だった
いっしょに重なり上へ上へと何かをささえているのにだれとも何も語り合っていない
桜の木々の枯れた孤独 折れたこころの孤独の断面
その木のなかには何もない 導管をはいまわる虫さえいない
石垣は自分からくずれないために孤独のなかに結晶していこうとしていた
いやちがう今度こそほんとうのことを書く
私がまだ許されているこの時間に。
石段の石が孤独なのではない 石には感情はない 石のなかには私の孤独がある
葉を落とした桜の木が孤独なのではない 木のなかに私の孤独がある
石垣の巨大な石が、間の小さな石が孤独なのではない
一個一個の石のなかに私の孤独がある
いやちがう今度こそ
ほんとうのことを書かなければならない
私が許されているこの時間の内に。
石段の石はだれにも踏まれない 空虚が上を渡っていく
何に耐えていいのかわからず孤独であることしかわからない
桜の木の枝は千々に分かれている 分かれていることで一本でいる
その分かれ目分かれ目の形の孤独(そのなかにいる私
それぞれの光と雨と風を求める孤独 求めても何も手に入らない孤独
孤独は私の精神のように分裂し無数の形になる
ひとつとして同じ形にならない
それなのに全部が桜の木だとわかる 孤独だから
石垣は動きたくない どこへも行きたくない ここにいたい
ここを動くもんかと意地を張っている その孤独
きみは知らない だって
きみはいないのだから そして
私の孤独だけがあらゆるところに存在する
私は私の孤独から逃げられない
こういうとき、むかし読んだ小説なら
「ばかだなあ」と嘲笑する声が木々や藪や石や分かれ道から
通りすぎる古くさい犬や風に流される枯れ葉から
聞こえてくる(はずだ (聞こえてきてほしい
だがそんな声も聞こえてこなかった
あざ笑う声が聞こえるのはもっと後(なのだろう
孤独になれてしまって、孤独であることを忘れたとき
遅れたように嘲笑がやってくる
それまでは聞こえてこない
私は孤独でさえない
孤独に出会えないくらいひとりなのだ
私は孤独にはなれない孤独が私を取り囲んでいるから
孤独が何かわからない孤独がぴったり身にはりついているから
石段がある 桜の庭がある 天守台の石垣がある
だれが見ても同じように石段、桜、石垣と呼ぶものがある
それを私は孤独と感じるが
これがほんとうのことだろうか
(許された時間のなかを、
「この石段、一段一段が低いよ
そういったとき、ほんとうだと思ったこころ
きみといっしょになったこころ
あれは孤独ではなかったのか
孤独なこころが許された時間に出会えた喜びではなかったのか。
孤独がわからない
孤独がわからない
孤独がわからない
きみに会いたいということしかわからない
きみがいない
きみはやってこない
嘲笑がやってくるまでには、さらに、まだまだ時間がかかる