谷川俊太郎『聴くと聞こえる』(35)(創元社、2018年02月10日発行)
「「音の河」武満徹に」には、
という強い一行がある。読んでいて、思わず傍線を引いてしまう。なぜ、思い出にならないか。谷川は、
とつづけている。「谺させる」が不思議だ。「谺」は「させる」ものではなく「する」もの、と私は思っているので、不思議に感じる。この「谺させる」という不思議な言い方が、「思い出にならない」の「ならない」と通い合う。ふつうはどんなことでも「思い出になる」。それが否定されている。そして、それは単なる否定ではなく「思い出にさせない」という具合にも読むことができる。「谺させる」の使役の言い回しと、何かが似ている。使役といっても、人が働きかけるのではなく、「もの」自体がもっている力がおのずと「使役」に動く感じだ。
「音楽」のもっている力が動き、思い出になることを拒む。生きていく。
「谺」というのは「反響」だが、「反響」の前の、もとの「音」が「反響」を一回で終わらせない。生きていく、という感じだ。
最終連も大好きだ。
「音楽」の前では「言葉」は無力である。「言葉」は「意味(秩序)」に縛られるのに対して、「音楽」は「意味」とは無関係な力を生きるからだろうか。
こういうことは、あまり考えてはいけない。
わかっているつもりだが、私は考える。
「言葉」の「意味」が消えていく(前面から背景へと退いていく)と、「世界の秩序」も消えていく。その結果「矛盾」に満ちてくる。この「矛盾」は「混沌」というものに近いかもしれない。「未生の言葉」が生きている世界だ。
そう読み取った上で、私は「世界の矛盾に満ちた暖かい吐息を」をさらに解きほぐしていく。「世界の矛盾に満ちた暖かい吐息を/ぼくらは耳元に感じる」で「ひとつ」の文章なのだが、これを解きほぐす。
「未生の言葉」が生きている「世界」を「主語」にして読み直す。
さらに、
世界は矛盾に満ちている(矛盾している)、矛盾のなかで世界は熱くなり、吐息を吐く。吐息は熱い。「耳元に感じる」のは「吐息」ではなく「熱さ」そのものである、と。
「熱さ」とは「熱」。「熱」とは「エネルギー」。
「世界は矛盾する」、つまり「対立する」。「秩序をなくす」、あるいは「混沌」とする。「未生の世界」へ帰っていく。
音楽も詩も、形のない「熱」に形を与える。秩序を与えることで「未生」から「生まれる」にかわる。かわるけれど、そこでおしまいではない。生み出されたものがさらに「未生のもの」として動き、新しいいのちを生みつづける。
その可能性を谷川は「耳」でつかみ取っている。
そして、これが武満の音楽だと言っている。
*
「詩はどこにあるか」2月の詩の批評を一冊にまとめました。
詩はどこにあるか1月号注文
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ここをクリックして1750円の表示の下の「製本のご注文はこちら」のボタンをクリックしてください。
目次
小川三郎「沼に水草」2 岩木誠一郎『余白の夜』8
河邉由紀恵「島」13 タケイ・リエ「飯田橋から誘われる」18
マーティン・マクドナー監督「スリー・ビルボード」再考21 最果タヒ「東京タワー」25
樽井将太「亜体操卍」28 鈴木美紀子『風のアンダースタディ』32
長津功三良『日日平安』37 若竹千佐子「おらおらでひとりいぐも」40
草森紳一/嵩文彦共著『「明日の王」詩と評論』47 佐伯裕子の短歌54
石井遊佳「百年泥」64 及川俊哉『えみしのくにがたり』67
吉貝甚蔵「翻訳試論――漱石のモチーフによる嬉遊曲」72
西岡寿美子「ごあんない」76
*
谷川俊太郎『聴くと聞こえる』(上)83
オンデマンド形式です。
注文してから1週間程度でお手許にとどきます。
*
以下の本もオンデマンドで発売中です。
(1)詩集『誤読』100ページ。1500円(送料250円)
嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で詩を書いています。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072512
(2)評論『中井久夫訳「カヴァフィス全詩集」を読む』396ページ。2500円(送料450円)
読売文学賞(翻訳)受賞の中井の訳の魅力を、全編にわたって紹介。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073009
(3)評論『天皇の悲鳴』72ページ。1000円(送料250円)
2016年の「象徴としての務め」メッセージにこめられた天皇の真意と、安倍政権の攻防を描く。
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問い合わせ先 yachisyuso@gmail.com
「「音の河」武満徹に」には、
音楽はいつまでたっても思い出にならない
という強い一行がある。読んでいて、思わず傍線を引いてしまう。なぜ、思い出にならないか。谷川は、
この今を未来へと谺させるから
とつづけている。「谺させる」が不思議だ。「谺」は「させる」ものではなく「する」もの、と私は思っているので、不思議に感じる。この「谺させる」という不思議な言い方が、「思い出にならない」の「ならない」と通い合う。ふつうはどんなことでも「思い出になる」。それが否定されている。そして、それは単なる否定ではなく「思い出にさせない」という具合にも読むことができる。「谺させる」の使役の言い回しと、何かが似ている。使役といっても、人が働きかけるのではなく、「もの」自体がもっている力がおのずと「使役」に動く感じだ。
「音楽」のもっている力が動き、思い出になることを拒む。生きていく。
「谺」というのは「反響」だが、「反響」の前の、もとの「音」が「反響」を一回で終わらせない。生きていく、という感じだ。
最終連も大好きだ。
言葉の秩序は少しずつ背景に退いてゆき
世界の矛盾に満ちた暖かい吐息を
ぼくらは耳元に感じる
「音楽」の前では「言葉」は無力である。「言葉」は「意味(秩序)」に縛られるのに対して、「音楽」は「意味」とは無関係な力を生きるからだろうか。
こういうことは、あまり考えてはいけない。
わかっているつもりだが、私は考える。
「言葉」の「意味」が消えていく(前面から背景へと退いていく)と、「世界の秩序」も消えていく。その結果「矛盾」に満ちてくる。この「矛盾」は「混沌」というものに近いかもしれない。「未生の言葉」が生きている世界だ。
そう読み取った上で、私は「世界の矛盾に満ちた暖かい吐息を」をさらに解きほぐしていく。「世界の矛盾に満ちた暖かい吐息を/ぼくらは耳元に感じる」で「ひとつ」の文章なのだが、これを解きほぐす。
「未生の言葉」が生きている「世界」を「主語」にして読み直す。
世界は矛盾に満ちた暖かい吐息を吐く
さらに、
世界は吐息を吐く。矛盾した吐息を吐く。それは、熱い。
世界は矛盾に満ちている(矛盾している)、矛盾のなかで世界は熱くなり、吐息を吐く。吐息は熱い。「耳元に感じる」のは「吐息」ではなく「熱さ」そのものである、と。
「熱さ」とは「熱」。「熱」とは「エネルギー」。
「世界は矛盾する」、つまり「対立する」。「秩序をなくす」、あるいは「混沌」とする。「未生の世界」へ帰っていく。
音楽も詩も、形のない「熱」に形を与える。秩序を与えることで「未生」から「生まれる」にかわる。かわるけれど、そこでおしまいではない。生み出されたものがさらに「未生のもの」として動き、新しいいのちを生みつづける。
その可能性を谷川は「耳」でつかみ取っている。
そして、これが武満の音楽だと言っている。
*
「詩はどこにあるか」2月の詩の批評を一冊にまとめました。
詩はどこにあるか1月号注文
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ここをクリックして1750円の表示の下の「製本のご注文はこちら」のボタンをクリックしてください。
目次
小川三郎「沼に水草」2 岩木誠一郎『余白の夜』8
河邉由紀恵「島」13 タケイ・リエ「飯田橋から誘われる」18
マーティン・マクドナー監督「スリー・ビルボード」再考21 最果タヒ「東京タワー」25
樽井将太「亜体操卍」28 鈴木美紀子『風のアンダースタディ』32
長津功三良『日日平安』37 若竹千佐子「おらおらでひとりいぐも」40
草森紳一/嵩文彦共著『「明日の王」詩と評論』47 佐伯裕子の短歌54
石井遊佳「百年泥」64 及川俊哉『えみしのくにがたり』67
吉貝甚蔵「翻訳試論――漱石のモチーフによる嬉遊曲」72
西岡寿美子「ごあんない」76
*
谷川俊太郎『聴くと聞こえる』(上)83
オンデマンド形式です。
注文してから1週間程度でお手許にとどきます。
*
以下の本もオンデマンドで発売中です。
(1)詩集『誤読』100ページ。1500円(送料250円)
嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で詩を書いています。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072512
(2)評論『中井久夫訳「カヴァフィス全詩集」を読む』396ページ。2500円(送料450円)
読売文学賞(翻訳)受賞の中井の訳の魅力を、全編にわたって紹介。
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(3)評論『天皇の悲鳴』72ページ。1000円(送料250円)
2016年の「象徴としての務め」メッセージにこめられた天皇の真意と、安倍政権の攻防を描く。
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