谷川俊太郎『聴くと聞こえる』(37)(創元社、2018年02月10日発行)
「音楽」は「音楽」について書いているが、具体的にどの音楽、誰の曲、誰の演奏かはわからない。
「二つの和音」は、二通りに読むことができる。「一つの和音」と「もう一つの和音」、つまり「二種類の和音」と読む読み方と、「一つの音」と「もう一つの音」によって構成される和音、つまり「二つの音による和音」と。
私は「二つの音による和音」と読んだ。「一つの音」が「もう一つの音」と出会い、「和音」になる。
そしてこのとき、それぞれの「一つの音」は、たとえばピアノの「ド」と「ミ」ではなく、一つはピアノ、もう一つは谷川の「肉体」のなかにある音と読んでみたい気持ちになる。たとえピアノの「ド」と「ミ」の「和音」であったとしても、「ド」と「ミ」のどちらから谷川の「肉体」に深くしみついている音、谷川の「肉体」にひそんでいる音と読みたい。誰の「肉体」にも何か「基本の音」がある。それが別の「音」と出会って、「和音」となって響く。そういうことがあると思う。
そう読むと、つづく二行がとてもおもしろい。
「意味の届かない遠方」というときの「遠方」も二通りに読むことができる。谷川の「意味の領域(圏域)」の彼方というのは、一つはたとえば「宇宙の彼方」のような「遠方」ととらえることができる。存在を知らなかった「未知の意味」「まったく新しい意味」と呼び変えてもいい。それとは別に「肉体」のなかにあって「意識されない意味」があり、それはやはり「遠方」と呼べないだろうか。それは「未生の意味」と言いなおすことができると思う。
どこか谷川の「肉体」の外の「遠方」から「未知の意味」があらわれる。それは谷川の「肉体」のなかの「未生の意味」と出合い、それまで存在しなかった「意味」を生み出す。「和音」のように、出合いの瞬間に結晶し、「意味」になる。
そして、これは、いまは便宜上、「肉体の外にある意味」を「新しい意味」、「肉体のうちにある意味」を「未生の意味」と区別したけれど、逆かもしれない。「新しい」と「未生」の関係は、出会った瞬間に決まることで、どちらがどらかとは言えない。
「ド」の音に「ミ」の音が出会うのか、「ミ」の音に「ド」の音が出会うのか。区別がつかない。というよりも二つの音が出会ったとき、それぞれを「ド」「ミ」と認識し、同時に「和音」になるということが起きるのではないだろうか。一つ一つの音が「生まれ」、また「和音」が生まれる。二つの音が「和音」を生み出し、同時に「和音」が不つたの音を生み出す。そういうことが起きると思う。(こういう思いつきを書くと、絶対音感の持ち主からは、ドはドの音、ミはミの音と叱られそうだが。)
こういうことは、長く書き続けられない。つまり「明確」に論理化できない。強引に書けば、どうしても「破綻」してしまう。瞬間的に感じる「錯覚」のようなものである。
「意味」は、また「未生の意味」へ帰っていく。
同じように「音(和音)」もどこか、それが生まれ来たところへ帰っていく。それは「遠方」なのか、「肉体の奥」なのか、わからない。区別ができない。
*
「詩はどこにあるか」2月の詩の批評を一冊にまとめました。
詩はどこにあるか1月号注文
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ここをクリックして1750円の表示の下の「製本のご注文はこちら」のボタンをクリックしてください。
目次
小川三郎「沼に水草」2 岩木誠一郎『余白の夜』8
河邉由紀恵「島」13 タケイ・リエ「飯田橋から誘われる」18
マーティン・マクドナー監督「スリー・ビルボード」再考21 最果タヒ「東京タワー」25
樽井将太「亜体操卍」28 鈴木美紀子『風のアンダースタディ』32
長津功三良『日日平安』37 若竹千佐子「おらおらでひとりいぐも」40
草森紳一/嵩文彦共著『「明日の王」詩と評論』47 佐伯裕子の短歌54
石井遊佳「百年泥」64 及川俊哉『えみしのくにがたり』67
吉貝甚蔵「翻訳試論――漱石のモチーフによる嬉遊曲」72
西岡寿美子「ごあんない」76
*
谷川俊太郎『聴くと聞こえる』(上)83
オンデマンド形式です。
注文してから1週間程度でお手許にとどきます。
*
以下の本もオンデマンドで発売中です。
(1)詩集『誤読』100ページ。1500円(送料250円)
嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で詩を書いています。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072512
(2)評論『中井久夫訳「カヴァフィス全詩集」を読む』396ページ。2500円(送料450円)
読売文学賞(翻訳)受賞の中井の訳の魅力を、全編にわたって紹介。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073009
(3)評論『天皇の悲鳴』72ページ。1000円(送料250円)
2016年の「象徴としての務め」メッセージにこめられた天皇の真意と、安倍政権の攻防を描く。
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問い合わせ先 yachisyuso@gmail.com
「音楽」は「音楽」について書いているが、具体的にどの音楽、誰の曲、誰の演奏かはわからない。
穏やかに頷いて
アンダンテが終わる
二つの和音はつかの間の訪問者
意味の届かない遠方から来て
またそこへ帰って行く
「二つの和音」は、二通りに読むことができる。「一つの和音」と「もう一つの和音」、つまり「二種類の和音」と読む読み方と、「一つの音」と「もう一つの音」によって構成される和音、つまり「二つの音による和音」と。
私は「二つの音による和音」と読んだ。「一つの音」が「もう一つの音」と出会い、「和音」になる。
そしてこのとき、それぞれの「一つの音」は、たとえばピアノの「ド」と「ミ」ではなく、一つはピアノ、もう一つは谷川の「肉体」のなかにある音と読んでみたい気持ちになる。たとえピアノの「ド」と「ミ」の「和音」であったとしても、「ド」と「ミ」のどちらから谷川の「肉体」に深くしみついている音、谷川の「肉体」にひそんでいる音と読みたい。誰の「肉体」にも何か「基本の音」がある。それが別の「音」と出会って、「和音」となって響く。そういうことがあると思う。
そう読むと、つづく二行がとてもおもしろい。
「意味の届かない遠方」というときの「遠方」も二通りに読むことができる。谷川の「意味の領域(圏域)」の彼方というのは、一つはたとえば「宇宙の彼方」のような「遠方」ととらえることができる。存在を知らなかった「未知の意味」「まったく新しい意味」と呼び変えてもいい。それとは別に「肉体」のなかにあって「意識されない意味」があり、それはやはり「遠方」と呼べないだろうか。それは「未生の意味」と言いなおすことができると思う。
どこか谷川の「肉体」の外の「遠方」から「未知の意味」があらわれる。それは谷川の「肉体」のなかの「未生の意味」と出合い、それまで存在しなかった「意味」を生み出す。「和音」のように、出合いの瞬間に結晶し、「意味」になる。
そして、これは、いまは便宜上、「肉体の外にある意味」を「新しい意味」、「肉体のうちにある意味」を「未生の意味」と区別したけれど、逆かもしれない。「新しい」と「未生」の関係は、出会った瞬間に決まることで、どちらがどらかとは言えない。
「ド」の音に「ミ」の音が出会うのか、「ミ」の音に「ド」の音が出会うのか。区別がつかない。というよりも二つの音が出会ったとき、それぞれを「ド」「ミ」と認識し、同時に「和音」になるということが起きるのではないだろうか。一つ一つの音が「生まれ」、また「和音」が生まれる。二つの音が「和音」を生み出し、同時に「和音」が不つたの音を生み出す。そういうことが起きると思う。(こういう思いつきを書くと、絶対音感の持ち主からは、ドはドの音、ミはミの音と叱られそうだが。)
こういうことは、長く書き続けられない。つまり「明確」に論理化できない。強引に書けば、どうしても「破綻」してしまう。瞬間的に感じる「錯覚」のようなものである。
「意味」は、また「未生の意味」へ帰っていく。
同じように「音(和音)」もどこか、それが生まれ来たところへ帰っていく。それは「遠方」なのか、「肉体の奥」なのか、わからない。区別ができない。
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「詩はどこにあるか」2月の詩の批評を一冊にまとめました。
詩はどこにあるか1月号注文
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ここをクリックして1750円の表示の下の「製本のご注文はこちら」のボタンをクリックしてください。
目次
小川三郎「沼に水草」2 岩木誠一郎『余白の夜』8
河邉由紀恵「島」13 タケイ・リエ「飯田橋から誘われる」18
マーティン・マクドナー監督「スリー・ビルボード」再考21 最果タヒ「東京タワー」25
樽井将太「亜体操卍」28 鈴木美紀子『風のアンダースタディ』32
長津功三良『日日平安』37 若竹千佐子「おらおらでひとりいぐも」40
草森紳一/嵩文彦共著『「明日の王」詩と評論』47 佐伯裕子の短歌54
石井遊佳「百年泥」64 及川俊哉『えみしのくにがたり』67
吉貝甚蔵「翻訳試論――漱石のモチーフによる嬉遊曲」72
西岡寿美子「ごあんない」76
*
谷川俊太郎『聴くと聞こえる』(上)83
オンデマンド形式です。
注文してから1週間程度でお手許にとどきます。
*
以下の本もオンデマンドで発売中です。
(1)詩集『誤読』100ページ。1500円(送料250円)
嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で詩を書いています。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072512
(2)評論『中井久夫訳「カヴァフィス全詩集」を読む』396ページ。2500円(送料450円)
読売文学賞(翻訳)受賞の中井の訳の魅力を、全編にわたって紹介。
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(3)評論『天皇の悲鳴』72ページ。1000円(送料250円)
2016年の「象徴としての務め」メッセージにこめられた天皇の真意と、安倍政権の攻防を描く。
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問い合わせ先 yachisyuso@gmail.com
聴くと聞こえる: on Listening 1950-2017 | |
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