珍しく、夫が饒舌に語り始めて止まらない。
「箍を締めるったって、今の若い人は、意味がわからないだろうよ」と、
言って、始まりました。
綺麗な空気と水しかない田舎育ちの夫には、外からの来訪者は、誰であれ
お祭り騒ぎなのです。
まして、何かの作業をする職人さんの手の動きをみつめているのは、
ワクワクして、その一部始終を食い入るように見守っていたらしい。
そのなかでも、木桶の箍を締め直してくれる人の手元をながめるのは、
特別に、うれしくむねがはずんだとか。
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目の前に箍をはずした木片と割いた竹の皮が今にも目の前に浮かんで
来そうな勢いで、目を輝かせながら、その作業の一部始終を語り続けました。
あれ、全部外すんだよ。締め付けるだけじゃなくてね。
竹は長いまま持って来て、その場で割いて作るんだ。
編んだ竹を巻くのじゃなくて、編みながら巻くんだ。
辛うじて、その様子を思い浮かべることが出来るが、木桶薄く裂いた
竹をみたことのない人には、到底無理だろうなぁ。
デパートの屋上の飛行機や、お子様ランチの経験はなくても、夫は、
こんなにワクワクする経験があるんだねぇ。
半世紀前のことを、こんなに嬉しそうに幸せそうにそして、
手に取るように語れる体験をした人なんだ。
そして、その体験は、また見たいと思っても思い通りにならず、
大事に丁寧に使って、やっと、次に箍が緩むまで、待っているしか
ないのです。