風のこたろう

'05年4月6日~'07年4月7日 ウランバートル生活日記
'09年8月~  詩吟三昧の徒然日記

こたろうさんの椅子

2023年10月17日 | こたろう
鶏のゆかへ上がりぬあきの暮れ   
                                         正岡子規
(「子規365日」  夏井いつき より)

朝ドラが終わるころ東の窓の障子にやっと朝日があたりはじめる。
今日はその窓の前に椅子が置いてある。
いつのまにか鼓太郎専用となった椅子である。。。。。
  今も専用のままなんだから上がっておいでよ。
      鼓太郎さん。。。。。。。。

亡くなる日の最後のアクションは、南向きの出窓に飛び乗ろうとしたこと。
あさのひかりを浴びながら、日課のうたたねをしようとしたこと。
音がしたので、いってみると、この椅子の下に倒れていたこと。
数年前から、直接出窓には飛び乗ることが出来なくなったこと。
この椅子が窓のそばに移されて、手助けが必要にになったこと。
その数日前から、この椅子の下で「アーン」と呼ぶようになったこと。
最後の日は、なぜか呼ばれなかったこと。
にわとりの句から、去年のことが突然思い浮かんできました。
「どたっ」今もその時の音が耳に残っています。

抱き上げて、出窓のお昼寝用の籠に横たわらせました。
弱弱しくはあっても、頭をもたげて私と視線を合わせてくれました。
頭をなでながら、娘にいよいよかもしれないと告げました。
思い出話をして、感謝をして、褒めたたえて、一緒に泣きました。

  
     
     朝日の入るりの東向きの窓・こたろうさんの椅子 
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何も足さない、何も引き去らない

2023年10月17日 | 詩吟
「何も足さず何も引き去らない」で束縛無しに自由にどうぞと言い、その人の
伸びる力を応援し心から信頼してくださっている環境を頂いて本当にありがたいと思う。
自主自立、マイペースで進めるのは、大空を羽ばたくように自由奔放。
そんな環境は、幅広い個性を伸ばすことが出来る。

そのような環境を享受し、好き勝手に生きてきて、ここで、初めての挑戦を
しています。私には、足りないものがあると、気がついたのでね。
気が付いてしまったら、「何かを足すか、何かを引き去るか」をしたくなり
ました。
所詮、自分で自分に与える刺激なんてものは、生ぬるいものです。
それを承知で、無いよりはましと、テーマを決めて、進むことにしましょう。

学生時代のあの刺激を求めてはいけません。その頃の体力もその時の厳しい
師である厳照 睨照両先生は、ここにはいないのだから。

そういえば、厳照・睨照先生によく似た先生たちが居るなぁ、思えば思うほど
よく似ている。それは誰かの種明かしをせず、その似ている何かをこちらで
引き出してみることはできないだろうか。

お二人の先生は、あの頃どんなダメ出しをして居たかなぁ。褒められたことは
一度もなかったなぁ。
一人で行う切磋琢磨は、先生のいない寂しさばかりが募ってしまう。
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