熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

国立劇場五月文楽・・・昼の部

2009年05月24日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   大阪日本橋に国立文楽劇場が開場されて丁度25年。
   その記念を祝して、冒頭の出しものは、「寿式三番叟」で、人間国宝の竹本綱大夫と鶴澤清治に加えて、人形は、千歳を清十郎、翁を和生、三番叟を勘十郎と玉女と言う次代を背負うトップ人形遣いが競演する華やかさで、正に、世界遺産たる文楽の今を象徴するような素晴らしい舞台である。

   この国立劇場の方が先に出来て、文楽の本場大阪にもと言う願いが叶って、それも、江戸時代に、文楽の名を残した植村文楽軒の芝居小屋のあった故地に建設されたと言うのだから、大阪弁で書かれて大阪弁で演じられている文楽としては、大変なエポックメイキングなイベントであったのであろう。
   杮落としには、やはり、寿式三番叟が演じられたと言う。

   ところで、この寿式三番叟だが、初めての海外公演で演じたらしいが、何をしているのかさっぱりわからん、と言うのがアメリカ人の反応だったと住大夫は語っている。
   千歳の登場と三味線の重厚な音が儀式の始まりを告げ、「それ豊秋津州の大日本・・・」といくら荘重に語られて、翁が威儀を正して登場しても、
   あるいは、千歳が颯爽として優雅に舞い、神となった翁が厳かに舞い、
   最後に残った二人の三番叟が、天下泰平、五穀豊穣、子孫繁栄を祈って、賑やかに激しく舞い狂っても、全く日本的で、話や筋がない様なお祝いの祝儀曲だから、欧米人に分かれと言っても無理かも知れない。
   めでたさの感覚が、全く違っており、理屈と美意識が勝ち過ぎた欧米と、このような目出度くて有難いパーフォーマンスを、理屈ぬきで喜ぶ日本人の落差の大きさが面白い。  

   私は、この寿式三番叟をはじめて観た時には、能舞台のような千歳や翁の舞いではなく、三番叟の、正に、人形だから出来る激しくて神業のような舞に感動さえ覚えた。
   今回も、勘十郎と玉女の激しくも華麗な舞を堪能させて貰ったし、清十郎と和生の人形も崇高ささえ感じさせてくれた。
   久しぶりの綱大夫の重厚な翁、素晴らしく張りがあり美声の文字久大夫の千歳、それに、何と言っても、鶴澤清治を真ん中に9人が一列に陣取って放列を敷く三味線の迫力は抜群で、やはり、私は日本人なのであろう、分かる分からないと言う以前に、良い気持ちになってしまって観ていた。

   「伊勢音頭恋寝刃」は、住大夫の語り、錦糸の三味線に乗って、女郎お紺の文雀、仲居万野の簔助と言う人間国宝の揃い踏みの豪華な舞台で、これがまた素晴らしい。
   1798年に、伊勢の古市の遊郭油屋で、医師・孫福斎が、なじみの遊女・お紺の心変わりに逆上して遊女や仲居を殺傷したと言う実際にあった事件を題材にして、これに、いつもの家宝の名刀が盗まれてどうのと言った話をくっつけて、近松徳三が書き上げたのが歌舞伎で、その後、人形浄瑠璃に移されたのが、この舞台である。

   話も大分脚色されていて、殺されるのは刀を盗もうとする徳島岩次(玉志)に加勢する悪賢い万野の方で、逆上した主人公の福岡貢(玉女)が仲居や女郎たちを滅多切りにするも、貢を一途に思い詰めていたお紺の方は、刀とその折り紙を持たせて貢を逃亡させるのである。
   いずれにしても、この舞台で面白いのは、悪知恵の働くやり手婆の万野で、歌舞伎で見た福助の万野を思い出すのだが、この中年悪女は、町子の意地悪ばあさんとは一寸ニュアンスの違った典型的な関西風の女なので、そこは、流石に簔助は上手い。時々、コミカルで性格俳優的なキャラクターの人形を、人格の内面までを滲み出させるように遣っているのを観る機会があるのだが、実に女らしい振るいつきたいような魅力的な女形像を描き切る簔助の芸の奥深さは、計り知れない。

   住大夫だが、この万野のキャラクターを含めて、愛想尽かしをされたとして逆上する貢、恋心を押し殺すお紺等々色々な性格の登場人物を実に表情豊かに活写す。
   初めての海外公演の思い出で、「大夫は、シンガーって呼ぶんです。私、シンガーでっせ。」と住大夫は言っている。
   私は、歌舞伎よりも文楽の方が、オペラに近いと思っているのだが、やはり、アメリカ人は、大夫をナレイターではなく、タイトル・ロールを朗々と歌うシンガーと捉えたと言う事で、語りと言うよりは、沢山の登場人物の声音を、すみ分けて歌い上げる台詞回しに真骨頂があるのであろう。
   余談ながら、子役時代から七色の声で一世を風靡し、東大の学者がその秘密を熱心に研究したと言う中村メイコの浄瑠璃語りを、一度聞いてみたいと密かに思っている。

   最後の「日高川入相花王」は、例の安珍清姫の物語で、清姫が安珍に出会う「真那古庄司館の段」から、裏切られて安珍を追いかけて蛇に変身する「渡し場の段」までが演じられ、清姫を遣う紋寿の感動的な舞台が胸を打つ。
   人間国宝と次代を担うホープたちの狭間で、地味で目立たない感じだが、文吾亡き後、押しも押されもしない文楽界の重鎮で、その芸には感動的とも言うべき奥深さがある。
   「女形ひとすじ」と言う著書を読んで、益々ファンになったのだが、文楽軒のふるさと淡路の伝統を背負った女形人形遣いの魅力は孤高の魅力さえ醸し出す。
   
   この「真那古庄司館の段」の切を語るのが、最高峰の切場語りに昇進した豊竹咲大夫で、記念すべき晴舞台。名調子が冴え渡る。

   ところで、この安珍清姫物語だが、清姫が安珍憎しと安珍を鐘に撒きついて焼き殺すと言うのは分かるのだが、この浄瑠璃では、
   「エエ妬ましや腹立ちや、思ふ男を寝取られし恨みは誰に報ふべし・・・」と、恋敵のおだまき姫への恨みを一気に募らせて蛇に変身して川にざんぶと飛び込む。憎くて堪らないのは、恋敵の方なのである。
   女性は、子供を残すので、相手の選択には厳しいと言うことだが、男の方も、胤をばら撒くと言う本性の反面、やはり、相手に拘ると言う面も強いと言うことを、義理や人情、道徳モラル以前にあることを、清姫も知るべきであったかも知れないと変なことを考えてしまった。
コメント
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