熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

マイケル・キンズレー著「ゲイツとバフェット 新しい資本主義を語る」 その3

2009年05月12日 | 政治・経済・社会
   ビル・ゲイツの創造的資本主義は、資本主義経済の恩恵から阻害させている、最貧国や1日1ドルの飢餓状態にある10億の最貧の人々など弱者に対する救済への願いが色濃く込められているのだが、もっと広く一般的な概念として捉えて、社会への慈善や善行と言った志向のみならず、地球温暖など環境対策やその他社会の公正や正義を追求すると言った、企業の社会的責任(CSR)の問題として捉えて、議論されているケースが、かなり多い。

   尤も、これにも、やはり、フリードマンの経営者の利潤最大化を目指すべしとする「受託者の義務」論が、色濃く影を落として、賛否両論がある。
   しかし、最近、CSR論や企業倫理論などの流行に伴って、企業の経済社会への善行と言うべきか、企業の果たす社会的責任の重要性が持て囃されて、あたかも、企業の最も重要な経営戦略の一つとして、殆ど、企業経営者に義務化さえされているような錯覚に陥っているので、そのような視点からか、ゲイツ論に賛成する賢者も多い。
   企業のCSR貢献度を重視した人気指標やレピュテーション度の高い評価が、企業価値を高め、ひいては、優秀な従業員の雇用にプラスするのみならず、株価上昇にも繋がり、時価総額アップで株主にも貢献すると言うのである。

   ビル・ゲイツの創造的資本主義への提言で、重要な役割を占めているのは、企業の貧しい人々に対する慈善や奉仕に対して社会が、その貢献を価値あるものとして評価する「評価システム」の構築である。
   この面から、ビル・ゲイツ案に賛意を表するのは、ハーバード大M・クレマー教授の「評価システムによる経済の活性化」と言う論文である。
   株主に対する義務こそはCEOが果たすべき第一の義務であると言う点は認めるが、フリードマンの市場絶対主義的な立場には同意できない、状況次第では、政府よりも、企業の方が効率的に富を再分配出来ると主張する。
   第一に、多くの企業は、特定商品に対して市場支配力を持っており、多少価格を上げても顧客を失うことがない筈で、企業が価格を下げても被害は少なく社会への効果は大きい。
   第二に、企業が利他的な活動をしていると言う評判は、最近の若者が金銭的でない要素を重視して就職先を選ぶ傾向が強いので、優秀な人材の雇用に有利に働く、と言う。
   ところで、富の再分配を政府に任せると、管理費がかかり、国民の経済活動を阻害する課税を行わなければならないので、民間企業が行う方が効率的だと言うのである。
   
   このクレマー説の「非金銭的な動機が極めて強い力を持つ場合があり、利潤主導型の現代企業でも、それを生産的に利用できるとして、賛成派に鞍替えしたのは、加州大G.クラーク教授。
   産業革命以降、重要な発明発見を成しイノベーションを推進した偉大な発明家の殆どは富を得ていないし、これらイノベーションも、利潤動機でもある程度推進可能だが、テクノロジーへの憧れや愛国心、名誉欲にて生まれでることも多い、と言う。
   ここでも、クラークは、人類の問題を解決するための活動を行っている企業の方が、人間の基本的要求に付け込んでいる企業よりも、より優秀な人材を安いコストで雇えると、創造的資本主義の雇用促進効果を、高く評価しており、これに類する発言をする賢者が、他にも何人かいる。

   加州大D.ヴォーゲル教授は、1世紀以上も前に、シアーズ・ローバックのJ.ローゼンストック会長が、農家の窮状を目のあたりにして、科学的な農業知識と最新の農業技術の普及を推進することによって、危機状態にあった同社を起死回生させたと、創造的資本主義経営の存在を説く。
   現実にも、国際競争の圧力の高まりにも拘らず、CSRの原則を掲げ、実践しているグローバル企業は着実に増加しており、社会に責任ある行動をとりながらかつ競争市場で生き残っている企業は着実に増えており、経営幹部は、社会貢献活動への支出は、すべて、株主の利益のためになるのだともっともらしく主張できる環境が生まれていると言う。
   
   ところが、ヴォーゲル教授は、CSRが、企業の収益性を向上させる重要な経営戦略だと鳴り物入りで学者たちが喧伝しているが、166の学術的研究を総合的に精査した最近の調査では、CSRが、企業の財務実績に与える影響は僅かのプラスだけで、企業の競争力には殆ど影響を与えないらしいと言うのである。

   しからば、いくら、ビル・ゲイツの言う効果的な評価システムを確立しても、寒暖計を外部から操作して温度を変えるようなもので、実際に、創造的資本主義的なアプローチが実施されても、それ程、企業の業績には、良循環とはならないと言うことであろうか。
   私自身は、結論から言えば、企業の慈善なり善行なり、CSR活動が、評価とは関係なく、実質的に、企業の業績にプラスになるとか、市場の要求を満足させるなどペイしない限り、創造的資本主義アプローチは、非常に難しいだろうと言う気がしている。
   そのような意味では、たとえば、ビル・ゲイツが、ダヴォス・スピーチでも触れているような、プラハラードの最貧層の顧客を目指したBOP市場の開拓アプローチのような試みなど、社会のためにも企業のためにも資する二兎を追った、謂わば、実需を満たしながらの経済活動の推進と言った地に着いた企業活動を広げて行くことが、最も有効だと考えている。
   そうでなければ、プラトンの哲人政治しかないであろう。
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