熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

山川静夫著「歌舞伎の愉しみ方」

2010年06月16日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   山川さんは、歌舞伎関係の本も沢山出していて、そのかなりの数を読んでいるのだが、あらためて、初歩的だと思える岩波新書の「歌舞伎の愉しみ方」を手にした。
   「約束事」がわかればもっと面白い! 名舞台から小道具まで、ご案内いたしましょう。と本の帯に書いてあるが、私などは、何の予備知識もなくて、イギリスから帰ってきて、それまで愉しんでいたオペラやシェイクスピア戯曲を鑑賞するのと同じ気持ちで、日本の伝統芸能である歌舞伎や文楽を愉しもうと言うことで、歌舞伎に近づいたのであるから、元より、十分な知識など欠落してのスタートであった。

   しかし、今回、この本を読んでいて、正攻法のやり方ではなかったが、10数年も歌舞伎を見続けて、それなりに、解説本や歌舞伎・文楽関係の出版物を読んだり、テレビなどで見続けていると、結構、知識が付いて来ていて、それ程、違和感を感じなかったのである。
   約束事の章では、花道、女形、傾城、型、柝、回り舞台、スッポンと言ったことなどの解説であったり、次の歌舞伎・「物」づくしの章では、時代物と世話物から始まって、曽我物、荒事と和事、と言った調子で興味深く説明されているのだが、元より、このような知識がなければ、歌舞伎の初歩さえ楽しめないのだから、年季が入れば、自然と身についてくる知識なのであろう。
   興味深いのは、このような言葉の説明ではなくて、山川さんのアメニモマケズカゼニモマケズ風雪に耐えて(?)蓄積してきた豊かな経験と知識に裏打ちされた薀蓄を傾けた語り口なのである。

   歌舞伎を鑑賞していて、何時も感じるのは、江戸歌舞伎と上方歌舞伎、言い換えれば、荒事と和事という言葉に象徴されるような東西の歌舞伎の違い、差についてである。
   私自身は、シェイクスピア戯曲を英国で見続けて来ているので、芝居は、まともな筋書きのある舞台芸術だと思っていたので、初代市川團十郎が創始した剛勇無双の荒くれ男が、悪者や権力者を散々やっつけて胸のすくような舞台を見せる、無理に話をこじつけたような単純な筋書きの見せる歌舞伎には、最初、かなり違和感を感じて観ていた。
   今でも、実在の石川五右衛門は一寸脇に置くとしても、盗賊を主人公にした白波物の「白波五人男」や「三人吉三」などについては、掛詞や美辞麗句を駆使して七五調のリズムに乗せた華麗な舞台を展開し、結局は勧善懲悪に終わるとしても、何となく違和感があって、あまり、好きにはなれないでいる。
   普通のパーフォーマンスアートとは一寸異質な、日本の古典芸能の特徴であるひとつの分野に、まだ、馴染めていないと言うことだろうと思っている。
   
   山川さんの言葉を借りると、竹本義太夫と言う天才作曲家と、近松門左衛門と言う天才劇作家によって、元禄時代に確立された人形浄瑠璃が、完全に、歌舞伎を食ってしまって、歌舞伎が、必死になって「国性爺合戦」や、竹田出雲たちの人形浄瑠璃の三大傑作などを、脚色(?)して舞台に取り入れた。
   上方歌舞伎の人気が高くなって、上方の役者が江戸に下ると、義太夫節を担当する太夫と三味線弾きの二人を舞台の上手に座らせて、人形ならぬ人間が芝居をする義太夫狂言、すなわち、でんでん物が流行りだしたと言う。
   いずれにしろ、江戸歌舞伎の荒事、白波物などよりは、まだ、芝居に中身があり、私は、どちらかと言えば、近松物が好きである。

   上方の坂田藤十郎の「和事」は、いつの間にか絶えてしまって、その片鱗さえも殆ど残っておらず、三代目中村鴈治郎が、坂田藤十郎を襲名して、その伝統を蘇らせようと試みている。
   山川さんは、藤十郎の芸談について興味深い話を展開していて、初代藤十郎が、祇園のお茶屋の妻女に恋を仕掛けて相手の反応を演技の参考にした逸話を引いて、自然体の中で「まこと(リアリズム)」を追求した人だと言う。
   江戸歌舞伎は先祖から受け継いできた「型」を大切に踏襲してきたが、一方の上方歌舞伎は伝統的な型にあまりとらわれないと言うのも、そのあたりに理由があるのであろうか。
   上方の歌舞伎役者は、毎回、同じ演技をしていると、客が満足しないので、絶えず工夫を重ねて演技に磨きをかけ続けなければならないのだと聞いたことがるが、そうであろう。
   森繁久弥の舞台も、上方漫才もそうだが、とにかく、台本にはないアドリブが秀逸で、先般も、仁左衛門が、近松の舞台で、自分で台詞を考えて即興で演じたのだと語っていたが、状況に応じたクイックレスポンスの生きたビビッドな舞台が、上方芸術のひとつの宝かも知れない。
   
コメント
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