一時的だとは言っても、日本の消費需要を牽引した家電エコポイント制度が、先月末で終わった。
古いアナログ対応のビデオ・レコーダー付きの小さなテレビを、単なる廃却で処分するのも忍びないので、最後に役立って貰おうと思って、リサイクルして42型のプラズマテレビを、期限ぎりぎりの30日に買った。
パソコンを含めれば、4台目のテレビで、必ずしも必要と言う訳でもない購入なのだが、これまでに、録り貯めた膨大なオペラやクラシック・コンサート、或いは、歌舞伎や文楽、映画や芝居、それに芸術文化関係の教養番組を、家族の迷惑(?)にならないように鑑賞したいと思って、今更ホームシアターでもなかろうと、多少、中途半端なサイズだが、部屋の大きさなども考えて、42型にしたのである。
今度の大震災で、積み上げたり書架に並べていた沢山のDVDやCD,それに、倉庫に保存していたビデオなどが、本と一緒に床の上に叩きつけられて、見るも無残に散乱して、無茶苦茶になってしまったのを見て、このままでは、大切に録画していたDVDやビデオだが、殆ど日の目を見ずにあの世行きになることは間違いないと悟って、急に、時間が惜しくなった。
蔵書も、大車輪で努力しても大半は読めないと思うのだが、これからは、量より質で、価値のあると言うか、自分にとって、これは、是非見ておきたいとか、是非読んでおきたいと思うものを選択して、じっくり味わいながら、鑑賞したいと思うのである。
ところで、問題は、このリサイクルに出した古い小さなアナログのテレビと、今度買った大型のエコ・テレビが、年月の差はあるけれど、殆ど購入価格は同じだと言うことである。
つくずく、時代の流れを感じるのだが、そう言えば、何年か前に買った同じプラズマ・テレビは、5倍以上の値段がしていた筈である。
イノベーションの速さと言うか、技術の進歩と言うか、工業製品の質の向上には、計り知れないほどの進化発展がある。
水車の円盤の中のハツカネズミと同じで、振り落とされないためには、益々早く走らなければならないように、少しでも良いものを作ろうと走りに走った家電メーカーの努力の結晶なのであろう。
しかし、沢山の企業が寡占競争に明け暮れての価格破壊の連続であったから、採算が取れる筈がなかろうと思うのだが、どうであろうか。
先週号の日経ビジネスで、神戸大の宇南山卓准教授が、パソコンがデフレ要因?と言う興味深い文章を書いていて、CPI(消費者物価指数)が、2000年からこの十年で2・6%下がったが、そのうちの2%は、パソコンの物価が大きく下がったからだと言う。
デスクトップは25分の1、ノートパソコンは50分の1に価格が下がったと言うことだが、これは、実際の市場のパソコンの値段がこんなに下がったと言うことではなく、これはスタート時点の既存の機種の価格を機能や部品毎に要因分解して、イノベーション分を価格低下と見做して同じ品質のものと考えた仮想的価格を推計し比較計算して弾き出すので、こんな数字が出てくる。
そう考えれば、デジカメやテレビなども、途轍もない価格低下だと思うのだが、大体、こんなに進歩や変化が激しくて、パソコンにしろテレビにしろ携帯電話にしろ、破壊的イノベーションの進展で、品物そのものの機能や品質が根本的に変ってしまっているのだから、こんな物価換算比較による消費者物価の計算は、あまり意味がないような気がする。
イノベーションや質の向上があるのは当然であるから、「同じモノを買った場合の費用の変化」などに拘って、古くなったポンコツ製品などを基準にせずに、パソコンはパソコンで、平均値を取るとか標準品質の価格で比較計算する方がはるかに現実味があってよい。
例えば、私は、8年ほど前と昨年パソコンを買ったのだが、両方とも上位機種であり、前は30万円、昨年は16万円であったから、殆ど半分になったと言うことで、このようにパソコンの物価推移を考える方が、現実味があって良いと思う。
しかし、それでも、昔のフィルムカメラと、今のパソコンの周辺機器に成り下がったデジカメとは、同じカメラでもコンセプトが全く違ってしまっているから、いくら仮想的価格を推計しても殆ど無意味であろうと思うし、それに、時流を考慮して、日経平均のように、基準年毎に基準改定して、中身を入れ替えるのであるから、推計に信憑性があるのかどうか怪しくなってくる。
デフレデフレと言うのだが、現在のデフレは、金融現象ではなく、製造流通段階での激しいイノベーションと、新興国への生産シフトを巻き込んだユニクロ型デフレであるから、CPIなどは、特別な異変がない限り上がり得ないような気がする。
いずれにしろ、エコ・ポイント・テレビを買って、イノベーションによるモノの進化の激しさ、価格破壊の凄まじさと企業の経営、消費者物価指数の不思議などを、ついつい、考え込んでしまった。
その間にも、ひっきりなしに余震が起こっていて気が休まらない。
古いアナログ対応のビデオ・レコーダー付きの小さなテレビを、単なる廃却で処分するのも忍びないので、最後に役立って貰おうと思って、リサイクルして42型のプラズマテレビを、期限ぎりぎりの30日に買った。
パソコンを含めれば、4台目のテレビで、必ずしも必要と言う訳でもない購入なのだが、これまでに、録り貯めた膨大なオペラやクラシック・コンサート、或いは、歌舞伎や文楽、映画や芝居、それに芸術文化関係の教養番組を、家族の迷惑(?)にならないように鑑賞したいと思って、今更ホームシアターでもなかろうと、多少、中途半端なサイズだが、部屋の大きさなども考えて、42型にしたのである。
今度の大震災で、積み上げたり書架に並べていた沢山のDVDやCD,それに、倉庫に保存していたビデオなどが、本と一緒に床の上に叩きつけられて、見るも無残に散乱して、無茶苦茶になってしまったのを見て、このままでは、大切に録画していたDVDやビデオだが、殆ど日の目を見ずにあの世行きになることは間違いないと悟って、急に、時間が惜しくなった。
蔵書も、大車輪で努力しても大半は読めないと思うのだが、これからは、量より質で、価値のあると言うか、自分にとって、これは、是非見ておきたいとか、是非読んでおきたいと思うものを選択して、じっくり味わいながら、鑑賞したいと思うのである。
ところで、問題は、このリサイクルに出した古い小さなアナログのテレビと、今度買った大型のエコ・テレビが、年月の差はあるけれど、殆ど購入価格は同じだと言うことである。
つくずく、時代の流れを感じるのだが、そう言えば、何年か前に買った同じプラズマ・テレビは、5倍以上の値段がしていた筈である。
イノベーションの速さと言うか、技術の進歩と言うか、工業製品の質の向上には、計り知れないほどの進化発展がある。
水車の円盤の中のハツカネズミと同じで、振り落とされないためには、益々早く走らなければならないように、少しでも良いものを作ろうと走りに走った家電メーカーの努力の結晶なのであろう。
しかし、沢山の企業が寡占競争に明け暮れての価格破壊の連続であったから、採算が取れる筈がなかろうと思うのだが、どうであろうか。
先週号の日経ビジネスで、神戸大の宇南山卓准教授が、パソコンがデフレ要因?と言う興味深い文章を書いていて、CPI(消費者物価指数)が、2000年からこの十年で2・6%下がったが、そのうちの2%は、パソコンの物価が大きく下がったからだと言う。
デスクトップは25分の1、ノートパソコンは50分の1に価格が下がったと言うことだが、これは、実際の市場のパソコンの値段がこんなに下がったと言うことではなく、これはスタート時点の既存の機種の価格を機能や部品毎に要因分解して、イノベーション分を価格低下と見做して同じ品質のものと考えた仮想的価格を推計し比較計算して弾き出すので、こんな数字が出てくる。
そう考えれば、デジカメやテレビなども、途轍もない価格低下だと思うのだが、大体、こんなに進歩や変化が激しくて、パソコンにしろテレビにしろ携帯電話にしろ、破壊的イノベーションの進展で、品物そのものの機能や品質が根本的に変ってしまっているのだから、こんな物価換算比較による消費者物価の計算は、あまり意味がないような気がする。
イノベーションや質の向上があるのは当然であるから、「同じモノを買った場合の費用の変化」などに拘って、古くなったポンコツ製品などを基準にせずに、パソコンはパソコンで、平均値を取るとか標準品質の価格で比較計算する方がはるかに現実味があってよい。
例えば、私は、8年ほど前と昨年パソコンを買ったのだが、両方とも上位機種であり、前は30万円、昨年は16万円であったから、殆ど半分になったと言うことで、このようにパソコンの物価推移を考える方が、現実味があって良いと思う。
しかし、それでも、昔のフィルムカメラと、今のパソコンの周辺機器に成り下がったデジカメとは、同じカメラでもコンセプトが全く違ってしまっているから、いくら仮想的価格を推計しても殆ど無意味であろうと思うし、それに、時流を考慮して、日経平均のように、基準年毎に基準改定して、中身を入れ替えるのであるから、推計に信憑性があるのかどうか怪しくなってくる。
デフレデフレと言うのだが、現在のデフレは、金融現象ではなく、製造流通段階での激しいイノベーションと、新興国への生産シフトを巻き込んだユニクロ型デフレであるから、CPIなどは、特別な異変がない限り上がり得ないような気がする。
いずれにしろ、エコ・ポイント・テレビを買って、イノベーションによるモノの進化の激しさ、価格破壊の凄まじさと企業の経営、消費者物価指数の不思議などを、ついつい、考え込んでしまった。
その間にも、ひっきりなしに余震が起こっていて気が休まらない。