熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

3D映画:ロイヤル・オペラ・ハウス「カルメン」

2011年04月17日 | クラシック音楽・オペラ
   ロンドン・コベントガーデンのロイヤル・オペラ・ハウスの2010年の公演である「カルメン」が、3D映画として登場した。
   鮮明な画像と圧倒的なオペラ・サウンドで、オペラの忠臣蔵とも言うべきビゼーの「カルメン」が、立体映像で映し出されると言うことは、正に、3Dとしてはエポックメイキングなことで、ビゼーの音楽の魅力のみならず、スペクタクルでダイナミックなシーン展開は、劇場オペラの域をはるかに超えており、実際のオペラ劇場での観劇とは、全く違った次元のパーフォーマンス・アートであることを実感させてくれる。

   私の場合には、イギリス駐在の5年間を含めて、シーズンメンバー・チケットで、コベントガーデンに通い詰めていたし、前後10数年間、何度もロイヤル・オペラを見ているので、特に、特別な感慨はないが、あの独特なROH劇場での雰囲気は、他の世界の名門オペラハウスとは、かなり違った、やはり、イギリスのオペラハウスであると言う印象を与えてくれる。
   私の個人的な感じかも知れないが、グラインドボーンの場合でも同じことが言えるのだが、やはり、シェイクスピアの国だけあって、オペラでありながら、歌手たちが非常に芸達者で、あたかも、上質な芝居の舞台を見ているような感じがするのである。
   観客そのものが、芝居気のないダイコン歌手を排除する雰囲気があるのか、シェイクスピア戯曲であろうと、オペラであろうと、芝居を見せなければ、満足しないと言う芸術環境がビルトインされていると言うことであろうか。

   今回のカルメンも、その典型で、タイトル・ロールを謳ったクリスティーン・ライスを筆頭に、ドン・ホセのブライアン・ハイメルは勿論、エスカミーリオもミカエラも、そして、多くの歌手や子役まで、正に、千両役者と言うべきで、この素晴らしい芝居に、極上のビゼーの音楽が、ダイナミックに奏されるのであるから、楽しくない筈がない。
   RealDのカルメン3Dオペラのホーム・ページを開いて、1分22秒の予告編を見れば、良く分かるが、とにかく、見せて魅せるオペラ映画である。

   最近、本格的なオペラから、やや縁遠くなっているので、この映画に登場するオペラ歌手の舞台は一度も見ていないが、(尤も、大半の歌手がROHデビュー)、私が、コベントガーデンで見て強烈に印象に残っているのは、アグネス・バルツァのカルメンと大病前のホセ・カレーラスのドン・ホセの舞台だが、既に、クラシックの舞台になってしまっている。
   もう一つの強烈な思い出は、フィラデルフィアで聴いたフェアウェル・コンサートでのマリア・カラスとジュゼッペ・ステファノのカルメンの終幕のシーン、後にも先にも、私にとって唯一のマリア・カラスの舞台である。
   今回のオペラについては、舞台監督のフランチェスカ・ザンベロの意図なのであろうが、非常に丁寧に筋を追って舞台が展開されており、これまで、見たオペラや映画などでのカルメンより、はるかに、物語の細部までが描かれていて、非常に面白かった。

   カラヤンと喧嘩したと言う程の向こう意気の強いバルツァの強烈なカルメンと違って、クリスティーン・ライスのカルメンは、非常にオーソソックスなカルメンで、ジプシーの血を引くスペイン女の雰囲気がむんむんしていて魅力的である。
   縄に繋がれて牢獄に送り込まれようとするカルメンが、ドン・ホセを誘惑して陥落させるシーンの凄さは、非常に、強烈である。
   この予告編にも出ているが、椅子に座ったドン・ホセに向かって机に腰を掛けたカルメンが、右足をドン・ホセの肩にかけて迫ると、堪らなくなったドン・ホセが、カルメンの左足に顔を埋めるのだが、勝ち誇ったように、カルメンは、机の上に仰け反って、頭を海老反りにして恍惚の境地に入る。
   ホフマン物語で、ローランド・ビリャソンを相手に、ジュリエッタを演じた時のデイリー・テレグラフ評が、Christine Rice was dazzlingly erotic and glamorous as Giulietta..."と言うのだが、必ずしも、美人歌手と言うジャンルではないが、ライスは、非常に蠱惑的かつセクシーで魅力的な女性で、声とその表現力の素晴らしさは抜群な上に、オックスフォードで、物理学を学んだと言うのであるから恐れ入る。

   ドン・ホセのブライアン・ハイメルは、ニューオルリンズ出身のテナーで、イングリッシュ・ナショナル・オペラで、ピンカートンを歌っているが、ROHへは、このドン・ホセがデビュー。Hymel delivers a powerful portrayal of Don Jose's degeneration from dutiful soldier to an outlaw who is gradually consumed by his passion.と言う評だが、芝居が上手いと言うことでもある。
   ホセ・カレーラスを少し偉丈夫にした感じの甘いマスクの歌手で、私は、第二幕で、カルメンに帰れと突き離されて、切々とカルメンへの思いを訴えて歌う「花の歌」のハイメルの素晴らしいアリアに感激した。
   何故か、脈絡はないのだが、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」の愛の二重唱を思い出して聞いていた。
   この赤いバラの花は、最後まで、ドン・ホセの愛の証で、終幕、横たわったカルメンの上に干からびて粉々になった花が注がれる。

   私は、このオペラのミカエラが、「トーランドット」のリューとともに、好きなキャラクターで、この歌手に人を得たオペラ公演だと、非常に嬉しくなる。
   今回のミカエラのマイヤ・コバレヴスカは、ラトヴィア出身の30歳。実に美しく清楚で魅力的なソプラノ歌手である。
   ROHへは、今回がデビューだが、メトロポリタンでは、ドミンゴ指揮で、「ラ・ボエーム」のミミを歌っているのだが、素晴らしかったであろうと思う。
   17歳の一途にドン・ホセを思いつめる初々しい乙女だが、第一幕で、ホセと分かれのキスを交わす時に、思い余って切羽詰ってホセの頬を抑えて唇に激しく接吻し、はっと我に返って一目散に走り去る、このシーンは非常に印象的だが、物陰に隠れて、ドン・ホセとカルメンとの一部始終と襟章を外されて営倉入りまでの経緯を見ている。第一幕は、ミカエラが登場して、追放されて行くホセを見送るシーンで幕。
   第3幕のミカエラのアリア、ドン・ホセを思い止まらせようと切々と歌う堪らなく感動的なアリアなのだが、コバレヴスカは実に上手い。
   こんなに素晴らしい乙女に恋されながら、あばずれのカルメンに入れ込むホセは、何てバカな男なのだろうと思うのだが、男と言うものは、何故か、毒に翻弄される愚かな性が顔を覗かせることがある。
このコバレヴスカは、ミレッラ・フレーニに師事したと言う。フレーニとは、一度、ロンドン行きのAF便で隣あわせたのだが、実に魅力的な「エフゲニー・オネーギン」のタチアーナを見ているので、コバレヴスカの雰囲気も何となく分かる気がする。

   カルメンは、何と言っても闘牛士の歌を歌うエスカミーリオ。
   アテネ出身のギリシャ人で、長身で目の鋭い個性的な風貌の歌手で、エスカミーリオに似つかわしい雰囲気だが、そればかりではないであろうが、ハンブルグでも、ドイツ・ベルリン・オペラでも、ストックホルムでも、デビューは、エスカミーリオだったと言うアリス・アリギリスだが、非常にどすの利いたパンチのある素晴らしい闘牛士を見せてくれた。

   ところで、この映画を、ワーナーマイカル・シネマで見たのだが、500人ほど入る劇場に、聴衆は、たったの4人。
   私は、何時ものように、e席リザーブなので、L-17の一番良い席だったが、とにかく、勿体ない程、素晴らしい映画であった。
   
(追記)口絵写真は、RealDホームページから借用
コメント (1)
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